神の国の福音とトランスフォーメーション  坂 達也 12月20日

「神の国の福音」とトランスフォーメーション 
 アメリカにおいて、ここ5年位でしょうか、今まであまり聞かれなかった新しいクリスチャン用語、例えば「マーケット・プレース・ミニストリー」とか「四つの壁から出る」とかいう言葉が「流行って」います。また、多くの人が「キングダム」(王国)と言う言葉を強調するようになりました。又、今世界的なクリスチャン用語となりつつある「トランスフォーメーション」と言う言葉も、比較的最近のクリスチャン慣用句であると思います。

そこで考えてみますと、イエス様は常に「天の御国」のことを頭においておられたことが聖書からはっきり分かります。主が宣教を始めて最初に言われた言葉は何だったでしょうか。 それは、「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」(マタイ4:17)でした。そして自分たちのところにイエスをひきとめようとする人たちに対して「ほかの町々にも、どうしても神の国の福音を述べ伝えなければなりません。わたしは、そのために遣わされたのですから。」(ルカ4:43)と言われました。明らかにイエス様はご自分が天の御国の王であることを明確に意識して私たちにお話をされました。

 私たちは今、終末の時代に間違いなく突入しています。それはイエス様がもう一度この世に帰って来られる日が近づいていることを意味します。しかも、今度帰って来られる時は、天の御国の王として来られることを思い出して下さい。いよいよ「天の御国が近づいた」のです。
私は、これからのクリスチャンと今までのクリスチャンとの生き方に何か差があるとすれば、それはこれからのクリスチャンは本当に御国メンタリティーを持たねばならないと言う一点であると言う気がします。

 主は、私たちに祈りを教えられた時に「天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。御国が来ますように。みこころが天で行なわれるように地でも行なわれますように…。」(マタイ6:9-10)と祈るように指示されました。この祈りは明らかに「天の御国の実現」のための祈りです。この地上に神の国が設立され、そこにおいては「みこころが天で行なわれるように地でも行なわれ」ねばならないのです。

そして「わたしに向かって、『主よ、主よ。』と言う者がみな天の御国にはいるのではなく、天におられるわたしの父のみこころを行なう者がはいるのです。」(マタイ7:21)と警告されました。つまり天の御国においては、私たち御国の民は徹底して王に従順であって、常にみこころを行うことが要求されるのです。

 そのために私たちはどうすればよいのでしょうか。第一に、「御国に属するクリスチャン」とは一体何者であるかを、私たち自身がこの際、改めて再認識する必要があると思います。
クリスチャンとはボーンアゲインした人のことを言いますが、それは霊が生き返った人と言う意味です。つまり、クリスチャンとは元来霊的な存在で、霊によって神とコミュニケーションをし、神に従っていくように造られています。
 創世記1:26にあるように、人間は神に似せて造られており、神のイメージを持つ者ですから、霊に生き返ったクリスチャンとは元々の神に似た、神と同じクラス、同じ部類に属する者であるのです。
 しかし、私たちは、長い間ぬるま湯につかった様なクリスチャン生活を送って来ましたから、あまりにも人間的になり過ぎてしまっています。神学を頭でこねまわし、人間が考えた教会成長論をふりまわし、伝道方法も神様にお聞きせず、ない知恵を振り絞って教会の人数をふやそうと躍起になっている姿は、神様不在の状態に近いのではないでしょうか。
ですから奇跡も何も起きません。しかもそれが普通で、奇跡が起きないことをおかしいとも思わないのです。クリスチャンが全く情けない姿に成り果ててしまっています。

 クリスチャンがあまりにも人間的で、霊に生まれ変っていない旧態依然の人間を生きているとすれば、その人は未だに「サタンに支配されている者」であることをご存知でしょうか? マタイ16:21-23に 「その時から、イエス・キリストは、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始められた。するとペテロは、イエスを引き寄せて、いさめ始めた。「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」しかし、イエスは振り向いて、ペテロに言われた。「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」(新改訳)
 ここで「あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」と言う部分ですが、ここは英語の新欽定訳のように「 神の思いに満たされていないで、人間的な思いに満たされている状態」を意味しますから、実質的にペテロは神に従属しないで(神に属する者は神の思いに満たされているはずです)、むしろサタンに従属したままの者であることを示すために、イエス様が敢えてペテロをサタンよ、と呼ばれたのであると思います。

 サタンがこの世の支配者であることが次の御言葉から分かります。「更に、悪魔はイエスを高く引き上げ、一瞬のうちに世界のすべての国々を見せた。 そして悪魔は言った。「この国々の一切の権力と繁栄とを与えよう。それはわたしに任されていて、これと思う人に与えることができるからだ。だから、もしわたしを拝むなら、みんなあなたのものになる。」(ルカ4:5-7)もし私たちがサタンに対してそのような意識を持っていないとしても、少なくともサタンはこの世は自分のものであると言う意識でこの世に君臨して来たことが、上記の御言葉からはっきり分かります。サタンは初めからその目的で人間を騙し、この地上の支配権を人間から奪ったことを思い起こして下さい。

 それを踏まえて、イエス様はサタンの手からこの世を奪回するために「教会」を建てると言われました。「ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。…」(マタイ16:18、19)主は、私たち教会がこの世の敵の門を崩し、サタンからこの世を奪回して天の御国にすることを命じておられるのです。私たちはサタンに対して霊の戦いを挑み、これに勝利しなければならないのです。
 そして、今まで敵の捕われ人となって来た王国の市民を取り戻し、彼らを御国の民として救いの業を完成させると言う王イエスの御心を成し遂げねばなりません。つまり、私たち教会には御国の建設と言う大きな任務と責任があります。私たちは、王から直接召命を受けた御国建設のための働き人、あるいは戦士である訳です。

 そこで、天の御国と、主がその王であり私たちは王国建設のために召されている者であると言う明確な意識をクリスチャンが持つ時に、次の4つのことが起こって来ると思います。
 
1.この世に対する考え方が変わる。
2.教会のあり方、目的、目標が明確になる。四つの壁の中から出て、社会へ出て行くようになる。そしてそれは market place ministryにつながる。
3.リバイバルに対する考え方が変わる。
4.御国-教会(キリストのからだ)の完成への新たな励ましとなる。

以下で、この4点をもう少しご説明したいと思います。

1.この世に対する考え方が変わる 
これに関しては既に上記で触れました。 
2.教会のあり方、目的、目標が明確になるサタンの王国を奪回し、神の王国の権威をもってこの世を統治するためには、クリスチャンは「人を教会の建物の中に連れてくる」と言う今までのような消極的な受身の姿勢から、積極的に「街に出て行き」、どこででも人のニードに応えて人を癒し、カウンセリングし、御国の福音を語って行くべきであることが、御国の建設に必要であることが分かって来ます。そしてその地を癒し、サタンからその地を奪回するのです。私たちの日常の生活の中で御国の福音が実用的に適用されねばならない時が来たと信じます。
3.リバイバルに対する考え方が変わる:トランスフォーメーション 御国の見地に立つと、教会は単にその地に住む人間だけではなく、その地のすべて、つまり、町ごと、国ごとを抜本的に変革し、リバイバルさせねばならないと言う大きな視野に立つことが要求されてきます。これはアダムが受けた人間本来の義務と権威に立ち返ることを意味します。その点、最近世界中で起こり始めているトランスフォーメーションとは「神の国のリバイバル」と言えないでしょうか。単に人間を個人的に救うという考えにとどまらず、主によって地域(ひいては国全体)の政治と経済と社会が癒され、根本的に変革されると言うビジョンを持って、そのためにその地域の教会が一致して真剣にとりなして行かねばならないと思います。
4.御国―教会(キリストのからだ)を立て上げ完成させると言う大目標 
「聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるため」(エペソ4:12)には、私たち御国のクリスチャン(聖徒たち)に人格的トランスフォーメーションが起きなければなりません。
 それは「あなたがたはたしかに彼(キリスト)に聞き、彼にあって教えられて、イエスにある真理をそのまま学んだはずである。すなわち、あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、心の深みまで新たにされて、真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。」(エペソ4:21-24口語訳)ことが実現することです。
 御国のクリスチャンが総てを主に委ね、聖霊様にのみ従って、全たき信仰で生きるクリスチャンにならねばなりません。それは真の愛と義と聖とを具えた神にかたどって造られた新しき人であり、最終的に主が「ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会をご自分の前に立たせること」(エペソ5:27)が目標です。主が再臨される時に、本当にその「栄光の教会」が成就されねばならないのです。 

 クリスチャンがこのように変えられていかなければ、たとえ私たちがどんなに肉で努力しても、クリスチャン同士の間、又、教会間の一致は実現しないと思います。教会が一致して市とか町、又、国のために祈る時に、主がトランスフォーメーションを起こされることを、私たちは今はっきりと認識する必要があると信じます。 (終わり)

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by walkwithgod | 2005-12-20 14:04 | 坂達也からの今月のメッセージ
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