二つの王国の衝突   ジェフ・ビーチャム  6月14日

二つの王国の衝突

ジェフ・ビーチャム


はじめに

神の視点からみると、世界には二つの王国しかありません。一つは「神に従う」という王国であり、そこでは人々は神の御心と神のやり方に従います。もう一方は「自分を崇拝する」という王国であり、そこでは自分を捨てるという神の道に逆い常に争います。今というシーズンの中にある私たちは、神の王国の文化習慣に従うべきであり、西洋のキリスト教文化と神の王国の文化は必ずしも一致しないことをはっきり認識するべきです。

ナンバー・ワン

これから時代が進むにつれて、二つの王国はお互いに人間の魂を自分の方に勝ち取ろうとして、激しくぶつかりあうようになります。この戦いは、もともと天においてルシファーが神を押しのけて自分がナンバー・ワンになろうとしたときに端を発しています。 それと同じ強力な霊が今この世に働いていて、人々やグループが自分こそ一番になろうと互いに競いあうようにそそのかそうとしています。

西洋の文化では、競争は人生の重要な要素です。 競争は人生に成功するために必要な要素として受け入れられ、称えられています。しかしながら、競争というものは究極的にいえば利己主義であり、人々の欲望を掻き立て、ねたみを起こします。そしてねたみはすべての争いや戦争のもととなるのです。

地上で起こった最初の競争は、カインとアベルの間でした。カインは主へのささげ物に関して自分なりの考えを持っていました。しかし、アベルのささげ物は主に受け入れられたのに、カインのものは受け入れられませんでした。カインはひどく怒り、弟を殺してしまいました。しかしカインとアベルの競争は、実質、誰が自分の人生でナンバー・ワンか、というカインが神を相手取った競争であったのです。

最初の町とバビロンの塔を建てたニムロデ王は、ノアのひ孫でした。彼は父祖の信仰を捨てオカルトに手を出しました。彼は軍隊を訓練し強固にするために、兵士同士を競わせるという手段を用いた最初の人でした。彼はふしだらな行為や競争心、魔術を用いて兵士たちを誘惑しコントロールしたのです。

バビロン文化はギリシャ文明に引き継がれ、ギリシャ文明はローマ帝国を起こし、ローマ帝国は今日の西洋文明の基礎を作りました。競争は私たちの文化の中で大切な目的を果たし得ます。人間の欲望を操ってビジネスが互いに競争し生き残るためによりよいサービスをするようにしむけます。同じように、個人同士で競争させることによってもっとよい結果がでるようにさせます。 また、競争することによって生産力を増やすと多くの人は考えていますし、確かに短期間ならば、個人としてもグループとしても刺激をあたえて生産力を増加させるかもしれません。しかしもっと長期のことを広い視野で見てみると、どうしても争いや戦争が起こり、その結果として生産力を減少させ、効率を低下させるのです。

御国の経済

協力と共同が御国のやり方
最終的には、協力と共同こそが競争よりももっと生産力を高めるものであることが証明されるでしょう。競争は神の御国の原理ではありません。協力と共同が御国の方法です。バビロニア形式の社会の中での競争は、ジャングルの法則のようなものです!強者だけが生き残るのです。

神の御国の経済は、欲に基づく競争を基盤としてはいません。御国は愛に基づいて仕えることを基盤とする経済です。イエスはマタイ22:39で、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ。」と言われました。また弟子たちには「わたしがあなたがたを愛したように、そのように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。もしあなたがたの互いの間に愛があるなら、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるのです。(ヨハネ13:34,35)」と言われました。

競争は不必要な争いを個人や家族間、部族間、また国家同士の間に引き起こします。 それは、「自分が充分持てない、足りなくなる。」という恐れの中にその根があるのです。それは、土地とか、食物、仕事、商売や、あるいは又、称賛、評判、愛情等、どのようなものが対象であれ、「おまえと争ってもっと得なければ自分の分が十分ではない。」という恐れです。

「すべての人が満足するほど十分にはない。」という信じ込みが、すべての戦争や争いへとつながっていくのです。「おまえが手に入れるより先に手に入れるように私は戦わねばならない。もしすでにお前が手に入れていたら、私はそれをお前から奪いとらねばならない。」と考えるのです。

ヤコブ4:1-2に次のように書かれています。「何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。 あなたがたは、ほしがっても自分のものにならないと、人殺しをするのです。うらやんでも手に入れることができないと、争ったり、戦ったりするのです。あなたがたのものにならないのは、あなたがたが願わないからです。」
信仰が神の御国で収穫を増すための肥料です!

競争とは、自分がすべてをコントロールしたいと言う思いから、神や人を相手に争うことです。しかし、神の御国のライフスタイルには争いはありません。

IIテモテ2:24-26 「主のしもべが争ってはいけません。むしろ、すべての人に優しくし、よく教え、よく忍び、反対する人たちを柔和な心で訓戒しなさい。もしかすると、神は彼らに悔い改めの心を与えて真理を悟らせてくださるでしょう。 それで悪魔に捕えられて思うままにされている人々でも、目ざめてそのわなをのがれることもあるでしょう。」

神の御国では個人間でもグループ間でも競争はありません。すべての者は他の人も自分と同等に思いやってお世話をしたいと思うのです。

敗者はいない

神の御国には敗者は一人もいません。遊びは楽しむためであり、仕事は他の人の必要を満たすために仕えることです。誰かが勝つために他の人がバカにされたり笑われたりすることもありません。神の御国での唯一の競争相手はサタンです。地上のすべての人は、知っていても知らなくても、神の王国と暗やみの王国との戦いに参加しているのです。神の王国の中の唯一の戦いは、直接的にせよ、間接的にせよ、サタンとその闇の王国を相手にした戦いです。

他の人に対する戦いは決してありません。どんな理由でも誰かと競争をすることは決してありません。神は人を皆公平に見る方です。すべての人が神を知り、神の御国を求めるチャンスを与えられます。キリストに来る道はすべての人に開けられていて、神は一人でも滅びることを望んでおられません。神の御国を求める人は、誰であってもみな暗やみの王国を離れてそれを捨て去らねばなりません。

悔い改めは謝ることではありません。一つの王国からもう一つの王国へと移ることです。私たちの本当の罪は、主を十字架につけたサタンの王国を未だに愛していることです。「暗やみを怖がる子供を赦すことはできる。人生の真の悲劇は大人が光を恐れることである。」 とはプラトーの言葉です。

御国の文化

神の御国がこの世に現れてくるにつれて、人々は神の御国の原理にしたがって生きることの素晴らしさをもっと見出すようになります。自分がナンバー・ワンになることではなくて、真のナンバー・ワンであられる神の御国を求める人がどんどん増えます。

神の御国の進む方角は、前進のみです。
ダニエル4:34b 「その主権は永遠の主権。その国は代々限りなく続く。」 (終わり)

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ジェフ・ビーチャム師はファイヤーパワー・ミニストリー・インターナショナル(FMI)の創立者でありディレクターです。FMIは元々1989年にオーストラリヤのシドニー・クリスチャン・ライフセンター(現在はヒルソング・チャーチに併合)で創立されましたが、1999年以降はアメリカに本部があります。

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by walkwithgod | 2007-06-14 11:49 | アメリカからのメッセージ
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