確固たる権威の中を歩む  カル・ピアース  7月18日

確固たる権威の中を歩むと敵もそれが分かる

カル・ピアース

キリストの身体なる教会が勝利を得るためには、神が我々に主権(支配権)を与えておられる事実を把握しなければなりません。創世記1:26に、神は人をご自身のかたちに創造され、人が地を支配するようにと言われた、とあります。詩篇115:16には、神は地を人の子らに与えられた、とあります。神は創造されたものを支配するようにと人間にこの地を与えられたのです。この命令を神は今も撤回されてはおられません。

この支配に対する神の考えは変ってはいませんが、人の立場はアダムの罪によって変わってしまいました。けれども第二のアダムであるイエス様が、人をのろい(創世記3:13)から贖い出し、再び支配権を持つ者として回復させてくださいました。これはマタイ28:18で主が、「わたしは天においても、地においてもいっさいの権威が与えられています。」といわれたことでも明らかです。

イエスはその手にすべての権威を持たれ、その権威をご自分の身体なる教会に、再び与えられたのです。それは教会がこの世を支配するためです。このことはエペソ1:22-23に書かれています。「また、神は、いっさいのものをキリストの足の下に従わせ、いっさいのものの上に立つかしらであるキリストを、教会にお与えになりました。教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。」

また、エペソ2:6には「キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。」とあります。ルカ10:19には、私たちは「敵のあらゆる力に打ち勝つ権威」を与えられたとあり、ローマ9:17には「わたしがあなたを立てたのは、あなたにおいてわたしの力を示し、わたしの名を全世界に告げ知らせるためである。」と書かれています。

神が私たちに権威を与えられたのは、私たちが地を支配し治めるためです。エペソ1:22にいっさいのものはキリストの足の下に従わせた、とあるのを見てください。私たちはキリストの身体なのですから、いっさいのものは私たちの足の下に従っているのです。これが私たちが地上で持っている絶対的な権威です。

私たちは敵に服従するのではなく、敵が私たちに服従するのです。私たちはこの真理を知らねばなりません。それによって私たちは自由になれるからです。(ヨハネ8:32) 
この真理は私たちを真にあるべき正当な位置に就かせ、それによって私たちの周りの状況は変えられます。私たちがそこに堅く立って不動であれば、周りの状況が変わるしかないからです。私たちが、自分は絶対的権威を持っていてその権威の中を歩むのだ、という真理を把握するとき、敵もそのことを察知します。

敵は常に、あなたが自分をどのように見ているかによってあなたを量るのです。あなたが交差点に立って普通の服で交通整理をし始めたら、一体どうなるでしょう? 車に轢かれてしまうかもしれません。でもあなたが警察署に採用されて交通整理用の制服を支給されたならば、交差点に立って手を上げれば車は止まるでしょう。それはあなたが交通整理の権威を与えられているということがみんなに分かるからです。

あなたは権威の下にいるときにすべての権威を持つことができます。神はあなたに神の権威の武具を与えてくださいます。あなたがその武具を疑わずに確信をもって身につけるとき、もはや敵はあなたを動かすことはできません。 あなたはもう敵の支配によって影響されることはありません。 あなたこそが支配力を持っているからです。この真理に私たちは目ざめ心を一新させねばなりません。さもないと、私たちは神ではなくこの世に調子を合わせてしまいます。(ローマ12:2) しかしクリスチャンが権威の中を本当に歩めるかどうかは、私たちが自分の生活の中で、神にどれだけ権威を与えるか(神の手にどれだけ私たちの生活を委ねるか)によって決まるのです。

自分に権威が与えられていることを信じなければ、神の力を具現していくことはできません。権威がなくては支配することはできません。敵を征服する方法は、あなたが神によって征服される(完全に従う)ことなのです。パートタイムで神に従って、フルタイムで神の権威を経験をすることはできません。Blessings! (終わり)


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by walkwithgod | 2007-07-18 09:18 | アメリカからのメッセージ
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