団結して戦う   ヴィクトリア・ボイセン   8月31日

団結して戦う

ヴィクトリア・ボイソン

皆さん、敵は教会に対してもっと激しく攻撃をしかけようとしています。けれども神のご計画は、この敵の攻撃を使って、福音がもっと拡大するための扉を開くことなのです。

使徒行伝の教会

使徒行伝12章には、ヘロデ王による迫害が激しくなり、教会が衝撃をうけたことが書かれています。使徒ヤコブが剣で殺され、ペテロは捕えられて投獄され、厳しい監視のもとにおかれました。ヘロデは過ぎ越しの祭りの後にペテロを裁判にかけるつもりでしたが、教会はこの事態に驚いて、すぐさまある行動をとりました。彼らは祈りはじめたのです。

ヤコブを失った彼らは、ペテロをも失うかもしれないという危機に立たされ、よい応えを得るまでは絶対にやめないと決意して必死に祈り始めました。そして彼らは確かに天を動かしたのです。ペテロは奇跡的に天使によって牢獄から解放され自由にされました。教会は彼らの祈りに対する神の応答に圧倒され、ペテロが本当に自由になったことを信じられないほどでした。彼らが祈っていた家にペテロが着いたとき、彼らはあまりにも驚いて彼を天使だと思ったのでした。

主にある兄弟を救うために始められた彼らの祈りの戦いは、それから間もなくして彼らの敵であるヘロデ王の死という思ったよりも大きな結果を生み出しました。

主は今日、同じような出来事をきっかけとして、教会の中で大きなわざをしておられると、私は信じます。最初は、敵が急に襲ってきて、私たちは迫害が激しくなったことに驚かされます。しかし、初めは恐れを持ちますが、私たちは目を覚まし、敵の進撃をこれ以上絶対に許さないという決意の行動を取り始めます。

私たちの信仰は、敵の攻撃によって奮い立たされるのです。私たちの仲間の間になにか意見の相違があったとしても、敵の襲撃の前にはそれらはまったく取るに足らないものとなり、私たちは団結して戦うようになります。 私たちは祈りへと押し出され、防御します。しかし、自己防衛のために始められた戦いは、神の御国を拡大させるための戦いへと進展していくのです。

使徒行伝12章に描かれている教会は、ペテロを救いたいと熱心に祈りました。しかしながら、この祈りの結果は、彼らの敵の死という予想以上のものでした。ヘロデ王は民衆が彼を神だと称えたときにその栄光を神にきさなかったゆえに、主の使いによって殺されました。(使徒行伝12:22-23)そして神のみことばは、ますます盛んになり、教会には新しい改宗者が加えられました。24節を見て下さい。

皆さん、戦いは激しくなってきています。しかし、主は敵を使って私たちが戦うために目を覚まさせ、もっと大きな勝利を与えようとされているのです。

神から与えられている権威

主は、その至高の知恵をもって、恐ろしい状況が私たちの周りに起こるのを許され、それによって受動的で無関心状態の私たちを奮い立たせようとされるのです。小熊を守る母熊へと私たちを変えるのです。主は敵を使って私たちを眠りから目覚めさせ、義憤で満たし、どんなことをしてでも勝利を勝ち取るという、何物にもくじけない自己犠牲的愛を生まれさせます。神は私たちを立ち上がらせ、敵にむかって「それまで!」といわせようとしているのです。眠っている教会の目を覚まし、大胆に「もう十分だ!これ以上はさせない!」と言わせたいのです。

神はこう言っておられるのです。「いつまで敵の図々しい攻撃を我慢しているつもりか? 敵はお前が身動きがとれないほどの窮地に追いやっているではないか。お前のためにも、敵によってお前を苦しめるために使われた人たちのためにも、立ち上がるときだ。 お前を苦しめた人たちにむかって真理を語れ。彼らの報復を恐れるな。」

親が断固として「やめなさい!」というまで悪さをする子供のように、サタンは私たちが本気で「やめろ!」というまで攻撃してくるのです。私たちは今までサタンをなだめて譲歩しようとしてきましたが、実際に必要なのは、神から与えられている権威をもって堅く立つことです。堅くたって戦わないならば、私たちは敵に敗北するでしょう。なぜならば、敵は私たちがやめさせるまでは攻撃を決してやめないからです。

サタンよ、これでお前は終わりだ!

自分の愛する人たちが苦労していたり、人からひどい扱いを受けているのを見ることがあります。私たちはそれを見て心が痛みますが、それに関わることをしません。これは私たちを無関心にして人の事に巻き込まれたくないと思わせる敵の策略なのです。 彼らになにかアドバイスをしたり、どうしてそうなってしまったかを教えたりすることは簡単にできます。しかし、神が私たちの望まれるのは、彼らのために破れ口に立つことであり、彼らと共に敵と戦い、権威をもって「それまで!」と叫ぶことです。私たちは団結して勇士らしく共に戦わねばなりません。団結するとき、私たちは強いのです。

クリスチャンである私たちは、もはや自分のために生きるのではありません。今こそ他の人たちを自分よりも先にする、即ち、他の人の信仰を強めるために、自分の信仰を用いて彼らのためにとりなしをするときです。私たちが情熱を持ち続け、あるいは常に目を覚ました状態にいるためには、この信仰の戦いが必要なのです。 私たちの信仰が休眠状態になり、なまぬるい状態になると、敵の思わぬ襲撃にあうでしょう。

私たちの祈りには力があり、又常に祈ることが必要なのです。祈りによって守られます。サタンは祈りなど効果がないと私たちに思い込ませ、私たちを祈らせないようにして来ました。サタンの攻撃はここから始まることが多いのです。私たちに武器を放棄させることに成功すると、敵は私たちが無防備なときに襲撃することができます。私たちはどうでもいいようなことで忙しくするように惑わされ、攻撃されやすくなるのです。

私たちは戦うことに疲れてはいけません。神は私たちが武具をつけて戦いに備えることの重要性をご存知なので、私たちにその力を与えるためにはどんなことでもしてくださるのです。敵は教会に対する攻撃を増してきています。しかし、神のご計画は敵の攻撃を使って教会にもっと大きな勝利をもたらすことなのです。

敵の攻撃が続いても、恐れずに神が私たちに与える力を受けねばなりません。私たちは敵よりも力があり、敵をやっつけるのが神のご計画です。なぜならば「あなたがたのうちにおられる方が、この世のうちにいる、あの者より力があるからです。(Iヨハネ4:4)」敵は激しく攻めてくるかもしれませんが、私たちへの戦いに勝つことはできないのです!

このように宣言してください。「神は私を愛しておられる。主は私を緑の野に導き、私のたましいを生き返らせる。私のすべての必要を満たし、わざわいから守ってくださる。主は敵の策略を教えてくださる。私は主に聞き主の御心に従う。神は私を敵に勝利するものとしてくださる。私は主の声を聞き主の導きについてゆく。私は生き、主の言葉を宣言する。キリストにあって私は強く、私は勝利する!」

聖徒のみなさん、共に立って力強く叫ぼうではありませんか。

「サタンよ!お前はこれまでだ!」と。               〈終わり〉


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by walkwithgod | 2007-08-31 12:50 | アメリカからのメッセージ
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