5768年はシンプルで新しい出発の年 チャック・ピヤース 10月30日

5768年はシンプルで新しい出発の年にしよう(1)

チャック・ピヤース

私は長年にわたって年毎にユダヤのカレンダーを取り寄せ、その年の年号の数字の意味を考えます。そして、その年の主のご計画を思いつつ、新しく迎える年をどのように過ごすべきかを祈って来ました。私たちが主に仕え、主の王国のご計画を求めるとき、主は新しい年を迎える毎に、私たち一人一人に新しいチャレンジと新しい喜びを用意していて下さると信じます。ヘブライ数字には数字にそれぞれ意味がありますから、その意味を知ることによって、私と家族それに私と親しい人たちのために主がその年に用意していて下さることの内で、年の初めに何を宣言布告すればよいかを知る助けとなります。

 神の御心を知るためにヘブライ語を理解しなければならないとは思いませんが、ヘブライ語では、数字に言葉としての意味以上に、絵としての意味、又音声をも持つのです。と言うことは、新しい主の年2008年に入ったと単に言葉で言う以上に、ヘブライ数字の年号を見るとフルに描写された絵画的理解、見解が得られます。ヘブライの年5768年は、グレゴリアン・カレンダーで2008年に当たりますが、それは「Samekh Chet!の年」であり、それは「一つのサイクルの完了の年―新しい始まりを自分のものと宣言せよ!」という意味です。

時と言うのは興味あるコンセプトです。神は私たちと違って、時の流れの中で生きてはおられません。私たちの父は、私たちの人生の初めから終わりまでのどの瞬間にでも、あたかもそれがいつも現在の時であるかのように立ち入ることが出来ます。私たちが今までに人から見捨てられたり、傷つき、裏切られ、恐れたとき、あるいは、楽しかったり、満たされたとき、又、他のどんな感情とか状態の中にあった時にも、私たちはその時の中に聖霊の力で入っていくことが出来るのです。神を信じる人は、過去に犯した罪を赦されるだけでなく、神と一緒にその時点までさかのぼり、その過去の時点に現在形としてご臨在される神が助けて下さるのを見ることが出来ると共に、敵が悪用しようとした過去を贖ってくださり、回復して下さるのを見ることができるのです。

時の中に足を踏み入れる

永遠と言う時の全部が一枚の大きな紙で表されていると想像して下さい。そこが、時間と空間に全く制限されずに、神がおられるところです。次ぎにその紙の上に一本の線を描いて下さい。その線が、初めと終わりがある「時」を表しているとします。この線は、神がこの世を創造をされて「時」というものを作られた時点から始まっています。そして、神が「これで終わり。それまで!」と言われる時がこの線の終わりのポイントです。人間はその線上で生きています。神はご自身の計画と目的に従って、その線上のどこにでも、いつでも出たり入ったり出来ます。神は常にどの時点をも一度に全部見ることが出来、何かが起るのを待たねばならないと言うことはありません。神にとっては総てが現在として見えているのです。この説明の仕方が時と言う複雑な考えを最も簡単に説明し、ご理解いただけると思います。

 しかしながら、私たちは「時」の中で神に応答することを学ばなければなりません。私たちは、自分の生きている時代のキリストの大使として主を代表するように召されております。私たちがする決定と行動は、三世代先まで影響を与えます。ですから、主が私たちに何を望んでおられるかを知り、それに従って私たちが応答するとき、主の栄光が地球を満たし、この地上の環境と霊的大気が主によって変えられるのです。神の「時」とのこの自由な関係のゆえに、神は私たちが祈りの言葉を口にする前にすでに答えて下さることが可能であり、実際、度々そうなさるように思えます。

神は、天から地上に御心をもたらすために必要なリンク(つなぎ)として私たちを選ばれました。神は、私たちが神と親しく交わり、御声を注意深く聞いて、預言的レべレーション(啓示)を得て、それを地上に布告宣言することを望んでおられます。これが奇跡を生み出し多くの神の祝福を放ちます。私たちが神の御声を聞いたなら、それをとりなすことが出来ます。そして、預言も出来ます。預言とは神の心の内とその思いを宣告することです。私たちがいただいた預言的レベレーションを宣告する時、その宣言は大気と環境にむかい「地球上の時間」ではなく「天の時間」の中に放たれるのです。

戦いのシーズン

イッサカル族は新しい時へ移るタイミングを知っていました。彼らは時とシーズンをよく心得た部族でした。ですから、私は今の時代に、この部族をこの地上で代表しようとして来ました。そうすることによって、神の子どもたちが、今生きている時がどんな時であり、何をすれば神のご計画をこの地上で進展させることができるのかを知り、そのための準備を整えることができるようになるためです。私たちはヘブライ暦の5762年に新しい戦いのシーズンに入りました。

新しく迎える年についてお話しする前に、過去の数年について振り返ってみる必要があると私は感じました。そうすることによって、私たちがどのようにして今日に至ったかを知っていただきたいからです。ヘブライ数字の意味を知ることが、私たちが新しくすべきことを布告するための神のレベレーションを察知することになるからです。私たちが一つのことを一度布告すれば、後は神がどのようにそれを実現されるか見守ることが出来ます。レベレーションが王国を建て上げるのです!レベレーションがハデスの門に打ち勝ちます!レベレーションが私たちの手に御国のかぎをもたらすのです。

私は、この戦いのシーズンを前もって見通すことができましたから、「これからの教会の戦い」について書いて来ました。それによって、神の人々が前もって戦いへの必要な心構えが整えられるためでした。ですから、ほとんどの人にとって、今のシーズンは、まさに予告されたことが現実になっていると思います。それでは、下記に今まで私たちが通って来たシーズンのヘブライ的見方を要約してみます。 

5762年/2001-2002年 七年間の戦いの始まり。この年はニューヨークのワールド・トレードセンターがテロリストによって破壊された9月11日の悲劇の事件で始まりました。地球上での神の約束の計画の戦いが始まったのです。それは次の世代にマントルを手渡すための戦いでした。

5763年/2002―2003 安息日の年―信仰の増す時、雄牛に乗る年。経済構造が変わり始め、次の五年間でそれが全面的に表れる。

5764年/2003-2004 Samekh Hei!の年。秘密とミステリーと驚きに満たされた年。馬と共に走る年、新しい力を得て、吼える獅子よりもっと大きく吼える年。

5765年/2004-2005 周囲を廻る年、敵のキャンプを取り巻いて略奪する年。激しく賛美する年!ハリケーンの年!天の風が吹いて地上に変化をもたらした年。

5766年/2005-2006 Samakh Vav!の年。嵐の中で「これは私のものである。」と宣言する年。あなたを虜にしていた古い考え方を捨てる年。

5767年/2006-2007 Samakh Zayin!7の年は常に完結・成就の年。 力強く終わる時、Zayinという7と言う数字は王冠と剣を意味する。過去のシーズンにあなたがどのように打ち勝って来たかによって、将来にどれだけの恵みを受けとるかが決まる。剣は御言葉であり、私たちは神からの御言葉を預言的に宣告(命令)する時に生きている。

ヘブライ人は時の経過をライフ・サイクルとして考えていました。彼らは、人間は二種類の時の次元に係わって生きていると考えました。一つの次元は一時的なもので、その中で私たちは、自然の中に置かれ、私たちを取り巻く科学的法則に従って生きると考えました。もう一つの時の次元とは、「来るべき時代いう次元です。」1コリント2:6-8では次のように書かれています。 「私たちは、成人の間で、恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。この知恵を、この世の支配者たちは、だれひとりとして悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。」 

この知恵は、今というときの為に、神が私たちのためにしまって置かれたものです。地獄の敵が行くことができない場所に私たちは行き、その知恵を手に入れることが出来るのです。ヘブライ人の考え方では、人生で起こる出来事の一つ一つは、人生全体で起こることを小さな形で表すものでした。これらの出来事が作る小さな一時的なサイクルを総計すると、最終的な「時」の終わりが決まります。私たちは今その「総計する」年に生きております。私たちは単に一年一年生きているのではなく、今のシーズンの全体を見渡すと、主が私たちの生きている世代(ジェネレーション)に何をされておられるのかが見えてきます。主は、これからの時代に御国の目的をより早く進展させるようにと、私たちを準備しておられるのです。  

神の国は前進している

「御国は、規則とか法律によってではなく、恵みと愛で支配されている。」

地上での御国のいのち、生活をみると、人々は神の御国がどのようなものかを理解することが出来ます。聖書には「神の御国 Kingdom of God」と「天の御国 Kingdom of Heaven」という二つの言い方があることを理解しなければなりません。聖なる神の主権の支配に喜んで従おうとする人は、御国の原理に従います。「天の御国」とは、神がこの地上で歴史上のそれぞれの期間のために定められる規律です。これが御国と時との関係を理解させてくれます。バプテスマのヨハネとイエスと使徒たちは皆、「神の国は近づいた。」と宣言しました。事実、主は「神の国はあなたがたのただ中にあるのです。」と言われました。そうであるなら、王が動かれる時には私たちも王と共に動かねばなりません。

地上における神の支配はいよいよ目に見えて明らかになってきています。神の御国とは、地上における神の支配を指します。神は、私たちを「単に教会に行く」という意識から、「自分たちの地域にある神の御国」という意識へとクリスチャンの理解に移しておられます。神から任された領分と地域を、神と共に自分たちが支配するようにと私たちを動かしています。イエスは私たちに御国について多くのことを教えられました。神の国とは良い知らせなのです。イエスがなさった地上での三年間のミニストリーを通して、神の国の生き方がどんなものであるかをイエスは権威を持って明らかにされました。

神の御国は人間の政府によってコントロールされることはありません。長年、人間の政府が神の御国の政府を支配しようと試みましたが、神の御国はこの世の支配形式(パターン)に基いてはいないのです。私たち皆が、認めなければならないもう一つの重要な事実は、私たち人間の知性では神の御国を理解することはできないということです。人間の「肉の思いは神に対して反抗するもの…。」で、この世に従おうとします。しかし、私たちの心が新しく変えられるにつれて、この世に従おうとする思いから開放され、私たちを押し込めてきた社会構造の中で神の御国の生き方をしようと言う思いに変えられていきます。

野心で神の御国を手に入れることは出来ません。神の御国についてエキサイティングなことは、それが来るのが延期されることはないということです。神の御国は力で満ちています。過去二十年間に、私たちは、この地上で来たるべき次の神のシーズン(時期)における神の御国の政府というものを見て来ました。

御国の人々は御国の恵みというものを理解しています。神の御国は、規則とか法律によってではなく、神の恵みと愛によって支配されています。神は、いつの時代でも、神の御国の管理人を指名してきました。そのような賜物の人たちとそのなすべきことが、エペソ4:11-14にリストされています。

私たちは栄光から栄光へと移る―5768年


あなたは今、次の栄光の領域に移行されるように準備されています。ヘブライ暦5768年に入るに当り、これから実現して行くであろうと私たちが期待できる八つのキーとなる課題は次の通りです。最初に申し上げることは、過去二年間が、実質的に今年のモーメンタム(勢い)を造り上げて来たということです。Vav とZayinという二つのシンボルが一緒になってChetというシンボルを造りました。つまり、あなたが「自分のものとして宣言する」ことと「冠のついた剣」が一緒になってあなたの新しい出発を造り出すのです。

あなたは何か新しいことを始めるでしょう。目に見える新しい次元にシフト(移行)することをあなたが拒んでも、あなたの現状があなたにとっての新しい状態になるのです。神はあなたが現在いるところであなたと出会い、もしあなたが神に従おうとするなら、神があなたを新しく出発させて下さいます。例え、あなたが今まで変わることに抵抗して来たとしても、あなたは遅れを直ぐに取り戻し、変化へのモーメンタムが増すでしょう。しかし、もしあなたが神に従おうとしないなら、あなたの新しい出発となり得る状態は、又、元の古いサイクルに、しかもその古い構造が七倍も強められた形のサイクルに戻ってゆくでしょう。(続く)


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by walkwithgod | 2007-10-30 12:22 | アメリカからのメッセージ
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