あなたはモンスターを造ってはいないか? テリー・サマビル 1月25日

あなたはモンスターを造ってはいないか?

テリー・サマビル(トータル・チェンジ・ミニストリー、カナダ人)


友人の皆さん

ある人たちは私について誤った印象を持っておられえるようです。彼らは、教会が組織的であることに私が反対していると考えています。私が「反組織教会」の態度を持つていると言ううわさにはかなり大きな誇張があります。

実のところ、神は私たち人間に、組織をつくって物事を治める能力を与えられたと私は信じております。組織がなければ私たちはほとんど何もできません。クリスチャンの友人たちと一品持ち寄りのディナーをするにしても、組織的にことを運ばなければうまくいきません。
ただ私が反対しているのは、組織を大きくすることばかりを考えているクリスチャンの教会は往々にしてモンスター(怪物)になりかねませんから、教会がモンスターになることに対して反対しているのです。

教会は主が建てるものであって人間が造るものではありません。フランケンシュタインの物語を思い出して下さい。フランケンシュタインは罪人の死体のパーツを寄せ集め、そこに精神異常者の頭(脳)を移植して人造人間の怪物(モンスター)を作り出しましたが、教会の頭(脳)には、本来クリスチャンであるあなたが期待しているようにキリストを頭としていただかなければなりません。人間の頭ではないのです。


あなた方がモンスターを造っているかどうかをどのようにして知るのか。

主に従い、よりよい働きをするためにミニストリーの組織や団体を愛をもって作ったと信じていたのに、ある日突然その団体がいのちを持った「異様な生き物」に変わり、自分が造られたテーブルの上から降りてきて自分勝手に動きまわり、彼を造った人々を恐怖に落としいれる、ということに気がついたことがありますか? それは人間の罪ある性質の故であり、私たちが使うこの世のシステムの力の故なのです。手術の時助手が間違って犯罪者の脳を彼の頭に入れてしまったのです!(フランケンシュタインの話)以下にあなたが教会のモンスターを作ってしまったかどうかを調べるチェックポイントを書きます。



1.モンスターは死んだ人間の体のパーツを使って造られる

もしあなたが一つの団体(教会)を作っていく過程で、キリストのからだの中にいる人たちがそれによって傷を受けているならば、それはモンスターが造られている確かなしるしです。神のなさる事はすべて、教会の中に神の愛が顕される故に起こる事であり、キリストのからだの中にはその結果として平和の実が必ず生るはずです。

ヤコブ3:16-18「 ねたみや敵対心のあるところには、秩序の乱れや、あらゆる邪悪な行ないがあるからです。しかし、上からの知恵は、第一に純真であり、次に平和、寛容、温順であり、また、あわれみと良い実とに満ち、えこひいきがなく、見せかけのないものです。義の実を結ばせる種は、平和をつくる人によって平和のうちに蒔かれます。」

2.モンスターは人為的に縫い合わされたもの

人間的組織は往々にして人間にレッテルを貼り、実際にはその人に適していない役目を押し付けることによって、人々を人為的に縫い合わせます。昔からよくあるモンスターは、牧師が人々を引っ張っていく牧師中心の教会でしょう。聖書のなかでその役割について最も書かれていない牧師が教会をつくり上げる基準にされてしまい、その反対に最も書かれている使徒が無視されているのはなぜでしょうか? 伝道者に向いている者や預言者、又は使徒に召された人たちが、牧師の役に自分を適応させねばならなかったとすれば、それは大変なことだったに違いありません。
それとは反対に、キリストが建て上げておられる教会は、人々が神によって完全にうまく組み合わされおり、神が導かれるとき、その人たちは地上での目的と仕事を着実に実現しているのを私たちは見ることができます。

第一コリント12:28「 そして、神は教会の中で人々を次のように任命されました。すなわち、第一に使徒、次に預言者、次に教師、それから奇蹟を行なう者、それからいやしの賜物を持つ者、助ける者、治める者、異言を語る者などです。」

3.モンスターは一人で勝手に動き出すようになる

どのモンスターもいつかは必ず目を覚まし、縛られていたベルトを引きちぎってテーブルから降りてきます。これはたとえ穏当な団体であってもそうです。何かの衝撃によってそれは生き物となり、すべての抑制が取り去られます。そして、その生き物は自分の意思を持つようになります。そうなると、その組織の当初の目的とは全く関係のない様々な論争や事件がその組織(教会)の創設者の上に降りかかってきます。ある人たちはそれを歓迎し、そのエネルギーの中で元気旺盛になります。しかしある人たちは恐ろしさを感じます。あなたが意見を言ってもそれは取り上げられず、モンスターはわけの分からない音を出すばかりです。あなたはそれをコントロールせねばならないと本能的に感じるのですが、もうその生き物は自分自身の意思を持っているのです!

しかし、キリストのからだの中では、いのちは常にかしらなるキリストから流れてきます。それは作られたり組織されたりするものではなく、受け取るものなのです。まことの教会はキリストから命をいただくから生まれ出るものであり、それは私たちが作りだすものでは決してありません。

エペソ4:15,16「むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達することができるためなのです。キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。」

4.モンスターは食べさせろと要求する

モンスターは目を覚ますとすぐに、あなたの資源を貪欲に消費し始めます。モンスターは自分が食べて生き続けることが第一の目的になります。人間の組織も同じです。モンスターになった組織を存続させることが第一義になってしまい、設立当初のすばらしい目的は、やがて後部座席に追いやられることになるのです。あなたは今やモンスターを養う人になったのです。


ステロイドで筋肉隆々になったような教会組織をごらんなさい。私たちはもはやキリストにではなく(自分が作り出した勝手な)「ヴィジョン」に仕えているのです。教会本来の仕事よりも建物や給料にほとんどのお金(献金)は使われます。このモンスターは、自分が本来何のために作られたのかはどうでもよくて、自分の住む家があり食べること(食べて大きくなること)だけが大切なのです。モンスターを養っていくことそのものがミッションになってしまいます。


まことのキリストの教会はそうではありません。主がいのちの源です。主が教会のために死んでよみがえってくださった方です。主が御自分の教会を建てられます。それは組織ではなく人々なのです。

マタイ16:18「…… わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。」

5.モンスターはコントロールが利かなくなる

あなたの教会が、色々なところで燃え始めた火をもみ消すために走りまわっているようであれば、確かにモンスターがいる証拠です。モンスターの世界では、誰がコントロールするかが大きな争点となります。あなたの大切な研究室は壊されます。平和がなくなります。喜びと希望は消え去り、誰が運転席に座ってコントロールするのか、という痛みの伴う争いが起こります。人間の組織というものはみんなが内に持っている最悪のものを時々出させるもののようです。それがモンスターであるならば、確かに誰かがコントロールせねばならないでしょう。

主の教会では、バスの運転手は一人だけ、即ちイエス・キリストだけで、私たちはお互いに愛し合い仕え合います。バスの運転を誰がするかで争いが起こるならば、それはただ一つのことを表しています。そのバスは人間が造ったものであり、コントロールが利かなくなっているのです。

ローマ11:36「というのは、すべてのことが、神から発し、神によって成り、神に至るからです。どうか、この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。」

6.モンスターは幼子と盲人にしか愛されない

モンスターの不思議なところは、思いがけない人たちからすごく愛されるということです。普通人々から嫌われ誤解されているモンスターは、幼子や盲人(霊的な意味でも)に愛されておとなしくなります。結局のところ彼は愛してくれる人を単に求めているだけなのです。

キリスト教の組織がモンスターになったときも同じことが言えます。無邪気な人、盲目な人がそのために一番よく仕えます。モンスターにはやさしく話して逆らわなければ、スムーズに事は運ぶのです。しかし、手、足、頭が死体に縫い付けられていることに気がついた人を、天が助けてくださいますように。

7.最後にはモンスターは怒れる暴徒によって殺される

最終的にすべての人間的組織は、使いものにならなくなって哀れで不名誉な最期を迎えます。モンスターであれば必ず殺される運命です。モンスターになってしまった教会組織は、多くの場合「恐怖の専制支配」を終わらせようとする怒れる暴徒の手によって終焉を迎えます。このようなことが起きたら、彼らがモンスターを殺したのだ、ということがわかるでしょう。

イエスが始められた真の教会は止めることはできません。主は永遠に生きておられるからです。
コロサイ1:18「また、御子はそのからだである教会のかしらです。御子は初めであり、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、ご自身がすべてのことにおいて、第一のものとなられたのです。」(終わり)


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by walkwithgod | 2008-01-25 17:58 | アメリカからのメッセージ
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