タッド・ベントレーとレイクランド・アウトポアリング 坂  達 也 8月5日

タッド・ベントレーとレイクランド・アウトポアリング
                          
 4月2日からフロリダ州レイクランドにあるイグナイテッド・チャーチ(千人収容)で始まったタッド・ベントレーによる癒しの集会は、全く予期しない速度で膨れ上がった。一時は七千人収容の会場に移ったがそれでも収容し切れず、今は一万人収容のエアコン付テント会場が飛行場の近くに設置され、連日一万人近い人たちが熱心に詰め掛けている。又国外からの参加者も急増し、ある時は外国人が場内の1/3を越えていた。

 このミニストリーの第一の特徴は、TV、インターネット、ラジオ、それにDVD等あらゆる報道メディアが活用されていることである。特にGodTVと言うクリスチャン・メディアによって集会の様子が毎日世界中に実況中継され、百五十万人近い人が視聴していると言われる。勿論日本でも手軽に見られる。これに加えてNBCニュース、FOXニュース等の一般TV局も報道したので、レイクランドの癒しの集会は今全米で注目を浴びているだけでなく、世界的に反響を呼んでいるのだ。こうしたメディアの動員によってアッと言う間に世界に広がったと言う点、今までのリバイバルが一地域に限られて起ったのと比べると、前代未聞の現象である。これは終末の時代にふさわしい、神がオーケストレートされている御業であることに疑う余地はない。

集会では実際に相当な癒しが起っている。既に二日以上死んでいた二六人が生き返ったことが確認されており、「盲人の目は開かれ、耳しいた者の耳はあけられる。足なえは鹿のようにとびはね、おしの舌は喜び歌う。」(イザヤ書三五-五)にあるクリエイティブ・ヒーリングの奇跡が現実に目の前で見られるのだ。恐らく癒されてない病気の種類はないと言っても過言ではない。タッドが口をすっぱくして言うように、それは全能の神がなさっておられるからだ。多くの癒しの奇跡は医師の証明を取付けてあると言う。もっと驚くべきことに、直接会場に行かなくても、メディアを視聴しただけで起こった癒しが毎日何百件(タッドは今は一日千件に達していると言う)も世界中から報告されているのである。又、録画されたビデオを見たり、携帯電話で話すだけで末期がんがいやされたりもした。物凄い「伝染能力」がある。

 このアウトポアリングの第二の特徴は、集会に来た人が主からの栄光の油注ぎを受けて持ち帰ると、主の癒しを世界のどこででも行うことができる点にある。イギリスから来た数人の牧師が本国に帰って集会を開き、最初の夜に100人が癒され、集会は今でも続行されている。集会を訪れた二人の高校生がリック・ジョイナーのモーニングスター・ミニストリーに持ち帰り、そこでもアウトポアリングが起こっている。  
しかしながら、このベントレーのミニストリー程論争と物議をかもしたミニストリーは他に例を見ないと言われる。そのせいもあるのか、人々はレイクランドの現状を未だリバイバルと呼ぶのを差し控え、聖霊のアウトポアリング(溢れるような噴出し)と呼ぶにとどめている。だが、実際には「終末に起るべき大リバイバルがついに起り始めたのではないか」と言う大きな期待が持たれているのも確かである。

そこで本論に入る前に、先ず聖書的に見て、終末に何が起るべきなのか、そしてそのタイム・テーブルについて考えてみたい。そうすることが、フロリダで起り始めたこの「リバイバル現象」の理解に役立つと思われるからだ。
終末に起らねばならないこと
 聖書によれば、第一に、キリストの再臨の前にキリストのからだ・花嫁である教会の「すべての者が、…信仰の一致と…知識の一致とに到達し、全き人となり、ついに、キリストの満ちみちた徳の高さにまで至り」(エペソ四-十三、口語訳)「しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、清くて傷のない栄光の姿の教会」(同五:二七)に完成されねばならない。この聖句だけから見ても、我々が真にキリストに似た者になるには相当に過激的に変えられねばならないことが分かる。しかもそうなるための残りの時間は少ないのである。

 第二に、「二つのもの(イスラエル人と異邦人)をご自身(キリスト)において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現し」(エペソ二-一五)「このキリストにあって、あなたがたもともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなる」(同二-二一)ことが実現しなければならない。
これは詩篇一〇二-一八、二二で預言された「…後(終わり)の時代のために書きしるされ、(イスラエル人と異邦人が一つとなって)新しく造られる民が、主を賛美しますように。……国々の民や、王国が共に集められるとき、主に仕えるために。」がまさに成就することになるのだ。主が再臨される時には、先ず「異邦人の(救いが)完成」(ロマ書一一-二五)され、次に「イスラエルはみな救われる」(一一-二六)と書かれている。そのためには世界中で未曾有の大リバイバルが起る必要があり、その後に(あるいは平行して)イスラエルが国ごとリバイブされると言うのだから、イスラエル人にとっても歴史上最大のリバイバルが起ることは明らかであり、これこそ名実共に「死者の中から生き返る」(ロマ一一-一五)ことを意味していないであろうか。
 従ってこれから来るリバイバルは、イスラエルとの関連を外しては考えられない。これが今までのリバイバルとの大きな違いだ。主の再臨に向かって起る最後のリバイバルの最終目標は、ユダヤ人と異邦人クリスチャンが一つになることであり、それが今までの全てのリバイバルの集大成でもある。

そのタイム・テーブル


ここで話をレイクランド集会が始まる二週間前の三月二〇日にもどしたい。この日から数日間、リック・ジョイナーのモーニングスター・ミニストリーとポール・キース・デイビスのホワイトダーブ・ミニストリーの共催による「父たちを敬う」 Honoring the Fathers と言うカンファレンスが行われた。
 事の由来は、ジョイナーが昨年主から与えられた夢の中で、主は「今のアメリカは父たちを尊敬していない。そのように父祖を軽視していることは地獄の門が一つ開く原因となり、その門から多くのわざわいが今アメリカに侵入している。その門は、父祖を敬うことをアメリカが回復することによってのみ閉ざすことが出来る。もしアメリカが今そのことを悔い改めれば、六ヶ月以内にわたしはアメリカにリバイバルを送る。」と語られたことから始まった。特に示された「父たち」とは、四〇年代から五〇年代に起った偉大な癒しのリバイバルに携わったオーラル・ロバーツとか若いビリー・グラハムと言ったエバンジェリストたちを指していた。
 
一方、癒しのリバイバルの歴史に精通しているポール・デイビスにも、数年前から同じことが神から示され、特に四〇年代に癒しのリバイバルに携わった父たち(ウイリアム・ブランハム、A.A.アレン等)を敬って来た。しかし彼はそれだけに留まらず、異邦人クリスチャンにとっての真の父とは、イスラエルの祖父たちであり、特に今はそれを強調・実行することを示されたと言う。 
彼は一九四八年にイスラエルの国が再興したことと、世界中に癒しのリバイバルが起り始めたことには否めないリンクがあると言う。異邦人とイスラエル人のクリスチャンが最終的に一つとならねばならない以上、確かに再興イスラエルの発展とキリストの花嫁である教会の霊的成長とが、同時進行し、両者の歩み寄りによって完成されねばならない。
 
その意味で一九四八年頃に始まった癒しのリバイバルの意義を知ることは重要と思われるので、このリバイバルに関わった一人であるミルフォード・E.カークパトリック(一九一二-二〇〇二)が次のように書いていることに注目していただきたい。

『私が一九四八年のリバイバルを語る時に、その他に起った総てのリバイバルを除外するつもりはない。総て主が起されるリバイバルは、キリストの再臨の時に教会が一つの身体となって大きな力を発揮する目的のためである。多くのリバイバルの蓄積が、最後の最も力と栄光ある究極の大リバイバルを成就させ、主による最終的勝利として完成される。一九四八年にリバイバルが起った時、私はそこにいてリバイバルが主の目的に適うためには次の七つの基本原則が必要であることを学ぶことができた。それは、

1.「敬いの心を持つ」もっと主を恐れ、主の臨在を求め、主の前にひれ伏せ。
2.「回復」栄光の教会になるためには失われたものがみな回復されねばならない。
3.「一致する」一致した教会のみが聖霊に満たされ、賜物を働かせ、その実に満たされ、目標が成就される。
4.「按手して聖霊の賜物を分与する」 教会は聖霊の賜物を全面的に生き返らせ、按手によって主の預言と共にそれを授け、その人に必要な聖霊の賜物を分与せよ。
5.「自分を正当化しないこと」 自分を正当化しようとすれば分裂が起る。へりくだれ。
6.「戦うのはだれか」癒しと奇跡、総て主のなさる業。主を見上げよ。 (ゼカリヤ四-六)
7.「世界的ビジョンを持つ」これが他の六つの原則の目的。使徒行伝が再来し増大する。世界に出て行って聖霊の働きを分与せよ。(ヨエル二-二八)』
 
ここから本論であるタッド・ベントレーがどのような人物であるかに触れたい。最初に言えることは、彼は上記七つのリバイバルの原則を総て心に備えた、あるいはそれを願って止まないリバイバリストであることだ。弱冠三十二歳のベントレーの口からは、天の父を呼び求め、主の臨在と栄光に飢え乾く言葉が出続ける。そして、四〇年代に始まった癒しのリバイバルの先輩たちの名前がぽんぽんと飛び出す。彼はボブ・ジョーンズ、リック・ジョイナーを始めとする多くの霊の先達者を尊敬し、彼らから薫陶と励ましを受け、愛されていることが明らかだ。

そのことがピーター・ワグナーの司会による六月二三日の按手任命式で実現された。この式で現代のアメリカの多くの使徒的・預言的リーダーたちと彼が一致(アライン)して、主のリバイバルに仕える者であることが宣告された。そのために三人の監督者(チェ・アン、ビル・ジョンソン、ジョン・アーノット)が任命され、このアウトポアリングが単にベントレー個人だけのミニストリーではなく、多くの霊的サポーターが背後にいることが認識された。言ってみれば世界的リバイバルへの出発が宣言されたのだ。
  
麻薬中毒者で五度刑務所入りしたベントレーは十八歳の時に救われた。二二歳で劇的なイエスとの出会いがあり、イエスご自身から按手を受けてミニストリーに入った。それ以来十年間で百万人を救いに導いたと言う。このベントレーと言う男は、上半身がいれずみで覆われ、下手なやくざが顔負けする風貌を持つ。どこからどう見てもこれが神の預言者か、と人は思うだろう。しかし神は敢えてこの若者を選んで立てられたのだ。言うこともやることも彼の風貌に似て伝統とはおよそ無縁である。だから伝統を固守する宗教的リーダーたちは眉をひそめるのであろう。(それが物議をかもす大きな理由の一つのようだ)

その上、時折乱暴を振舞う。ある時彼は、癒しを願う病人に突進して体当たりした。けったり、叩いたりすることもあった。事もあろうに、か弱いご婦人の腹をけったり頭をたたいたりしたのだ。しかし、その瞬間に癒しが起った。彼は今まで人から訴訟されたことは一度も無いと言う。誤解しないでいただきたい。彼が時に「乱暴を働く」のは、主にそうせよと言われて、それを忠実に大胆に行ったに過ぎないのだ。主は彼がためらいをもって行うとやり直しをさせ、信仰は大胆に実行することにあることを教えた。

極論を言えば、主は私たちに徹底して神のことばに従う忠実性だけを求めておられる。そのことを敢えてとっぴな形でタッドを通して私たちに教えようとされているのだ。タッドは人間的配慮よりも神の御声に忠実な者になる訓練を主から徹底的に受けて来たのである。
と言うことは、彼には神の声がかなりクリヤーに聞こえると言うことだ。タッドは他の多くの癒し手と同じように「知識のことば」を神から受けて、それを該当者と確認した上で神の御業を宣言することが多いが、私は彼ほどクリヤーに見えたり、聞こえたりする人はそれ程多くはいないと見る。神は時に癒す人の名前を告げたり、癒す内容を細かく指示するが、彼はかなり正確に主の声を聞き分け忠実に実行するので、癒しがその通りに起るのだ。あいまいなところはほとんどない。彼が神の忠実な代弁者になり切っていることが、見ていてよく分かるので信頼が持てる。そのような時に、会場には臨在が満ちていることが画面からでも十分に感じられる。主に対する忠実性、これこそ私たちが彼から学ぶべき最も大切なことのように思う。

タッド・ベントレーはレイクランドでどんなに疲れていても、毎朝欠かさず朝四時から二-三時間を主の前にひざまずき、主とだけの時間を過ごすと言う。彼がいかに主に愛され、主を愛しているかがうかがえるが、彼にとっては今絶対にこの時間が必要なのだ。しかしいくら必要と分かっていても、自らを厳しく規律するへりくだりがなければ容易に出来るものではない。
六月二二日に、彼自身が二〇〇五年から二〇〇七年にかけての一八ヶ月間に、主によって通らせられた「魂の闇夜」の経験を証した。「主の臨在の光が全くない暗闇を旅することによって、魂がきよめられ、神の愛と完全に結合する。それが神の選ばれた方法である」と中世のカトリック僧十字架の聖ヨハネが書いている有名な「魂の闇夜」を彼も通ったのだ。主は、タッドの若さと短期間に有名になったことから来る高慢とプライドを砕き、霊的に破産状態にあった私生活と過去の多くの古傷を完全にいやすことによって、今日のレイクランドのミニストリーに備えたのである。

私は彼に同情する。真理を語る者として世に知られれば知られるほど、内には高慢の罪との戦い、外には世からの誤解と迫害は避けられない。又、癒しとは悪霊との闘いであることを忘れてはならない。彼は大変な重荷を背負っているのだ。七月一〇日過ぎに彼は突然休む必要を訴えて講壇を降りた。(彼が約一週間の休みを取った間も集会は彼のスタッフによって続けられた)その彼を今癒すことが出来るのは、主に安息する時間をもっと取ることだけであろう。私たちは彼のためにさらに祈らねばならない。

このアウトポアリングが単に身体の癒しだけではないことは明白である。信者未信者の総てに覚醒を迫る。そして神は、総ての人間が創造された元の栄光の姿に帰ることを切望しているのだ。そのために神は人間が失ったすべてのものを回復させると約束する。第一に神との個人的親密な関係Intimacyが回復されねばならない。そして神は人間が元々持っていた超自然の信仰の賜物を回復したいのである。
タッドは、この超自然の信仰と言うものが、神からのギフトとして既に我々の領域にリリースされており、今こそこの信仰のサブスタンス(実体)を信仰の油注ぎによるインパーテーション(分与)として受け取ることを強調する。この分与はTVとかインターネットを通して受け取ることも出来ると視聴者に対して励ましている。

超自然の信仰と言えば、私は最近パトリシア・キングの司会によるタッド・ベントレーとボブ・ジョーンズの対談をYoutubeで見たが、その中でボブは驚くべきことを言った。彼は好きな時に第三の天(天国)に行ってくると言い、それは携挙であると語った。後の二人もそれぞれボブに手を取られて天国に行った経験を持ち、それを分かち合っていた。今は超自然の信仰によって誰でも「携挙」を経験できるとボブは言う。
ボブとかタッドだけではない。ビル・ジョンソンなど多くの人が、今は超自然の奇跡が日常茶飯事として出来る時代に入ったと言う。それは単に夢・幻としてではなく、タンジブルな(五感で感じられる、肉の形での )現象として起っていると言うのだ。

この二、三年、私たちは過激的な変革が来ることを預言されて来た。今がまさにその時なのだ。しかしどう変わればよいのか。それは先ず「きよくなる」ことではないだろうか。そのためには主の臨在に個人的に深く触れられねばならない。すると罪がどんどん示される。それを丁寧に悔い改める。タッドは「魂の闇夜」を通った時に、二一日間、毎日四時間泣き通したと証しているが、このプロセスを通らねば、私たちはきよくなれないのだ。私たちにリバイバルが必要なのは、実はこのためではないだろうか。

リック・ジョイナーは、父を敬うカンファレンスの後、彼のモーニングスターでのあらゆるミニストリーが、未だかってないような大きな祝福を受けていると報告している。一例として、その直後に行われた霊の戦いカンファレンスで、最初の日にステージの中央に雲の柱が立つのを二千人以上の人が目撃した。そしてホーリー・テラー(神聖な恐怖)が人々を濃厚に覆ったと言う。
そのジョイナーも大いなるリバイバルへと発展することを期待する一人である。彼は 「レイクランドのアウトポアリングはレイクランドに留まらない。世界に伝染して広がって行く。このリバイバルはリバイバルを超えたものへと発展するポテンシャル(可能性)を十分に具えている。」と熱く語る。

今こそ聖霊の深い取り扱いを受けて、あなたが先ずきよく変えられ、その変えられたあなたが超自然の信仰の油注ぎを得て、あなたの町にリバイバルの火を灯す(変革する)時が来た。時は切迫しているのだ。これから神はすばやくことをなさろうとしておられる。終末の暗雲とさばきの時がいよいよ近づいた。

「彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。」(マラキ書四-六)

最後に、タッド・ベントレーは神が立てられたリバイバリストであること、そして最後の大リバイバルの火付け人の一人であることに、私は少しの疑いも持たない者の一人であることを付記してこの報告を終わりたい。(終り)

このレポートは「ハーザー」誌【9月号】に依頼されて書いたものの原稿です。


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by walkwithgod | 2008-08-05 06:10 | 坂達也からの今月のメッセージ
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