勝利する終末の教会  マイク・ビクル  2009年2月27日

勝利する終末の教会(黙示録12:7−12)

マイク・ビクル(International House Of Prayer IHOP)



先週末に私は 、非常に長くて鮮明な預言的な夢を見ました。それは、来ようとしている終末の艱難の中で起こること、勝利する教会に関してであり、聖書に明瞭に書かれている内容でした。私は非常にリアルな深い危機感をもって夢から覚め、これを皆さんにぜひお分ちせねばならないと感じました。


I. 2009年2月13日に見た預言的な夢

  夢の中で、私は大きなパークの中にある野球場で行われていたカンファレンスでメッセージをしていました。およそ4万人の人が集まっていて、多くのリーダーやその信徒たち(いろいろな「カリスマ派」の流れの人たちでした)が参加していました。私はキリストのからだの中でもリーダー中のリーダーと言える一人の人がいるのを見つけました。彼は常に神の力の中を歩むことを求めていて、すぐれた霊の持ち主でした。私たちはみんな暖かい交わりを共に楽しんでいました。

私のメッセージは、祈り、神の力、そして終末の裁きについてという内容でした。私は午後開かれた2回のセッションで話したのですが、その間の休憩時間に、ある人たちは私の話したことに関して論議していました。IHOPの人たちは、お互いに討論したり、他のミニストリーの人と話したりしていました。彼らは神の力と終末に来る裁きについて、友好的に討論し合っていたのです。彼らの中に敵愾心などは全くなく、謙遜に愛を持って真剣に話し合っていました。それは楽しく、又知的刺激を与えるもので、様々な考え方が話題に上りました。しかしながら、真の信仰や啓示を呼び起こすようなものは一つもありませんでした。

私が2回目のセッションを5時に終えた直後、ヨハネが黙示録12:7−9で預言していることですが、天でサタンと大天使ミカエルの間に戦いが起こったことを示すしるしを見ました。その戦いの結果は、サタンが地に投げ落とされ、それによって大艱難が始まるのです。

黙示録12:7-9 「さて、天で戦いが起こった。ミカエルとその使いたちが、竜に戦いを挑んだのである。竜とその使いたちも応戦したが、 勝てなかった。そして、もはや天には彼らの居場所がなくなった。この巨大な竜、年を経た蛇、悪魔とかサタンとか呼ばれるもの、全人類を惑わす者は、投げ落とされた。地上に投げ落とされたのである。その使いたちも、もろともに投げ落とされた。」

 私はサタンは見ませんでしたが、 悪魔的主権者たちが地に投げ落とされるのを見ました。彼らは大きな蛇のようでした。(長さ90メートル、幅は15メートル以上) みんな竜のような大きな頭を持っていて、それらの多くは空から地に落ちてきました。
カンファレンスにいた人たちは、みんなパニックになりました。ほとんどの人は恐怖に襲われました。私が先ほどメッセージで語ったような力や自信をもってこの事態に対処できるほど成熟した信仰や悟り持っている人は、私を含めて誰一人いませんでした。私は恐怖を感じて走りだしました。他のリーダーや信徒たちも皆恐れで一杯でした。すべての人が兎に角そこから早く逃げ出したいと思いました。IHOPの人たちも含めてほとんど全員が混乱していました。

 蛇のような悪魔的主権者たちと大勢の悪霊たちは、人々に対する怒りで満ちていました。彼らは憤り、地上に落とされたことに対して屈辱を感じていました。サタンが憤っていたのは、やがて自分が閉じ込められるまでの時が短いことを知っていたからでした。

 黙示録12:12 「このゆえに、もろもろの天と、/その中に住む者たちよ、喜べ。地と海とは不幸である。悪魔は怒りに燃えて、/お前たちのところへ降って行った。残された時が少ないのを知ったからである。」
黙示録12:17 「竜は女に対して激しく怒り、その子孫の残りの者たち、すなわち、神の掟を守り、イエスの証しを守りとおしている者たちと戦おうとして出て行った。」


 どろどろの煤のような灰が空から降ってきました。灰は空を暗くし、走り回っている人々の上に降ってきました。私は広いパークから出て、入り口にあった 事務所まで走って行きました。べたべたの灰が身体中についていました。多くの人は逃げる事ができなくて、大きな蛇に咬まれてしまいました。

パークの入り口には邪悪な警官達がいました。彼らは「パークにもどれ、そうしないと刑務所に入れるぞ。」と脅しました。 もし パークにもどったら、私がどのように危険な目に会うかということに関して、彼らは全く冷淡でした。その時私は、彼らが反キリストの組織の一部であることを悟りました。私はジレンマに陥りました。「私は想像を超えるような危険な状況からやっと逃げて来たのに、そこに戻らねばならないとは。」と思いました。この危機から抜け出す方法は、自然の方法では無理であり、聖霊の力によらねばなりませんでした。

 警察署の傍に立って私は思いました。「IHOPでも、黙示録12章をもっと真剣に受け取って、 まだ時間のあるうちに一生懸命に備えをしておけばよかった。私たちは 力に関して討論したけれど、実際私たちがもっている力は小さいものだった。」と。「IHOPのリーダーたちは、御霊の中に歩くことにもっと熱心になる必要がある」という切迫した危機感と共に私は夢から覚めました。

 私は起きてから、黙示録12:7が実際に起こる時には、キリストのからだ全体 は夢にあったような恐れと混乱の状態ではないであろうことがはっきりわかりました。その時までには、多くの者が悟りを持ち成熟した信仰をもっているでしょう。主が私に夢で示してくださったのは、もしそれが今日起きたらならば、教会が現在の状態(悟りと信仰において備えができていない)では、あのようなことになるだろうということでした。

 夢のメッセージの目的は、IHOPはイエスとの歩みにおいてもっと深くなり、今こそ聖霊にもっともっと頼って働くという信仰を成長させ、巻物を食べ、今からその定められた時のためにもっと悟りを得ることが緊急に必要であることを知らせることでした。


エレミヤ23:20「 主の怒りは/思い定められた事を成し遂げるまではやまない。終わりの日に、お前たちは/このことをはっきりと悟る。」

 私はIHOPも、又、他のグループも、終末に起こる事柄に関する力や洞察において「空しい」議論をしていると強く感じました。多くの議論は、どのような意見であれ、人々がもっとイエスやみことばや御霊との深い関係に入るようには導いていないのです。それらは助けにはならない故に、空しいのです。

 IHOPは、議論的討論のために時間を割くためには兎に角、まだ未熟すぎます。この夢の中で主は、私が顔をまっすぐ主と主のみことばにだけむけて、他の人々に対して自分を賢そうに見せることに時間を使いたいという誘惑に打ち勝つように警告されたのです。これから起ころうとしていることは、私たちの想像以上に厳しいものなのです。一番洞察力のある人たちでさえ、黙示録12:7−12に書かれていることの厳しさを理解することはできないのです。

 この夢のポイント:私を含めてすべてのIHOPのリーダー達は、これから教会でもっと盛んになるであろう討論や議論をするには、まだ洞察・理解において十分成熟していない。

 神の「今」の言葉は、力によって確証されねばなりません。社会の中で認められるための唯一の方法は、みことばを確証づける力をもって働くことです。これが欠けていると、教会の多くの人々は、はやりの言葉や洋服、興味あるテクノロジー、社会の話題などを求めて、それで一致を保とうとするのです。また多くの人はエンターテイメントの淵にはまり込んでいます。

 そういう空っぽな泡のようなものを突き刺すことが出来るのは、力と主への心からの畏敬だけです。それなくして、人々はポップ・カルチャーの悪影響からは解放されません。人々が集会を去るときには、神が自分の人生に力をもって関っていてくださることを知らねばなりません。 私たちは主の偉大な顕れ(力)を経験して震え、主の慈しみを経験して悔い改めに導かれ、真に神に仕える者としていただかねばならないのです。

II. 終末には実際に戦いが天で起こる

 ある人たちは、黙示録12:7に書かれている天の戦いは、すでに十字架上で起こり、サタンは今地上に落とされていると教えています。サタンの軍勢は今天において活動しています。

エペソ6:12 「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」

 キリストは十字架においてサタンを打ち破りました。しかし、主の完全なる勝利は地上ではまだ完全に顕わされてはいません。キリストは昇天されてすべての権威をはるかに超えた神の右座に着かれました。(エペソ1:20−22)イエスは悪霊の武装を解除し、さらしものとしました。(コロサイ2:15)  「すでに、そして、まだ」という御国のパラドックスが今存続しています。

 これからの将来において天の窓が開かれ、悪霊の主権者たちは罰せられます。イザヤ書で預言されているように、悪霊どもと邪悪な王たちは、サタンと同じく牢獄に入れられます。

「、、、天の窓が開かれ、地の基が震えるからだ。地は裂けに裂け、地はゆるぎにゆるぎ、地はよろめきによろめく。、、、 そのそむきの罪が地の上に重くのしかかり、、、、その日、主は天では天の大軍を(悪霊の主権者ども)、地では地上の王たちを罰せられる。彼ら(悪霊と王たち)は、囚人が地下牢(底知れぬ穴)に集められるように集められ、牢獄に閉じ込められ(黙示録20:1−3)、それから何年かたって後(千年)罰せられる(火の池)。—万軍の主がシオンの山、エルサレムで王となり(千年王国)、、、、」イザヤ24:18−23


 大艱難の中で最も特異な出来事は、サタンとその手下の悪霊どもが地に投げ落とされ(黙示録12:9)サタンはその王座を反キリストに与える(黙示録13:2)ことです。今は底知れぬ穴に閉じ込められている何億万という悪霊が解放されます(黙示録9:3、16)。何億という人々がサタン崇拝をするようになります。地上には歴史始まって以来の大勢の悪霊に憑かれた人々が出てきます。

「、、、竜はこの獣に、自分の力と位と大きな権威とを与えた。」(黙示録13:2)

「そのときには、世の初めから、今に至まで、いまだかってなかったような、またこれからもないような、ひどい苦難があるからです。もし、その日数が少なくされなかったら、ひとりとして救われる者はないでしょう。、、、」(マタイ24:21−22)


 大艱難の時、聖徒たちはイエスの血潮と自分たちのあかしのことばと死に至るまで主に従うことによって、サタンに勝利します。

黙示録12:10「 わたしは、天で大きな声が次のように言うのを、聞いた。「今や、我々の神の救いと力と支配が現れた。神のメシアの権威が現れた。我々の兄弟たちを告発する者、/昼も夜も我々の神の御前で彼らを告発する者が、/投げ落とされたからである。兄弟たちは、小羊の血と/自分たちの証しの言葉とで、/彼に打ち勝った。彼らは、死に至るまで命を惜しまなかった。」

 祈り続ける教会は、サタンと反キリストに勝利します。(黙示録12:11、15:2、2:7、11、17、26、3:5、12、21:7)出エジプト記と使徒行伝に書かれている奇跡が、何倍にもなって世界中で起こります。私たちの霊が恐れに支配されたり、信仰を消されたりする必要はありません。私たちは 、そこから逃れようとする弱々しい被害者のように艱難を恐れる必要はないのです。
 「わたしを信じる者は、わたしのおこなうわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行ないます。、、、」(ヨハネ14:12)

 終末の聖徒たちは信仰の祈りをし、神の御心にそってつないだり解いたりします。次の箇所に書かれていることは、大艱難の時に力を持ち勝利する教会によって、地上で成就します。

マタイ16:18 -19「わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。 わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」

 反キリストは世界が今まで見なかったような強大な迫害者となります。イザヤ42章は再臨に関する重要な箇所の一つです。そこでは正義が強調されています。人々は迫害する者が権力を持つまでは、裁きを喜びません。イエスは反キリストの迫害が大きくなる状況の中で、地上に正義をもたらします。

信仰によって立ちのぼる聖徒の祈りのはかりに従ってのみ、 イエスは迫害者に立ち向かわれます。

黙示録8:4 -5「香の煙は、天使の手から、聖なる者たちの祈りと共に神の御前へ立ち上った。
それから、天使が香炉を取り、それに祭壇の火を満たして地上へ投げつけると、……」


ルカ18:7-8「まして神は、昼も夜も叫び求めている選ばれた人たちのために裁きを行わずに、彼らをいつまでもほうっておかれることがあろうか。 言っておくが、神は速やかに裁いてくださる。しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか。」

世界の歴史の中で最も劇的な出来事が、最大の迫害に立ち向かう最も大きな祈りのムーブメントの中で起こり、それによって世界中で大いなる正義のムーブメントが成就します。今は部分的にしか起こっていないことが、そのときは完全な形で起こります。

III. イエスは超自然的に教会が勝利を収めるのを助ける(黙示録14章)

 黙示録14章のメッセージは、超自然的に教会が勝利に歩むように、イエスは油を注いでくださるということです。

黙示録14:1−5では、イエスはエルサレムのシオンの山に14万4千人の預言的歌い手たちと共に立ちます。6−13節には、4つの預言的約束と宣言が書かれています。御霊は罪を示し、しるしと不思議で神の民を力づけます。

 黙示録14:6−7では、迫害の中で すべての国に福音を宣べ伝えるために 、私たちは御使いの助けと偉大な力を受けることが書かれています。(マタイ24:14、黙示録7:9)

 8節では、淫婦バビロンが倒されたという油注がれた宣告によって、私たちの信仰が燃やされます。

 9−11節では、反キリストを礼拝するすべての者に下る永遠の裁きの確定という油注がれた宣告が、聖徒たちを大胆にし、彼らを死に至まで戦わせます。

 12−13節では、忠実な者たちに与えられる永遠のむくいという油注がれた宣言によって教会が力づけられます。

 14−20節では、祈りによって 二つの終末に起こる刈り入れが起きることが示されています。即ち14−16節の魂の刈り入れと、17−20節の罪の刈り入れです。これらは祈りによって起こされる救いのための力と、悪を取り除くための力の二つを表しています。(終わり)

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by walkwithgod | 2009-02-27 17:32 | アメリカからのメッセージ
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