神の約束を祈る--ダニエルの不動の信仰
ビル・ジョンソン ダニエルは特別大きな好意を受けた人でした。ダリヨス王は彼を自分の右腕にしたいと思いました。他の者たちもその地位を狙っていましたが、彼らにはダニエルを誹謗するものは何も見つけられないことがわかりました。何か欠点があったとすれば、それはダニエルの神への愛ということになるでしょう。それはすばらしい欠点ではないですか、ただ完全にイエス中毒になっていることだけというのは。ダリヨス王は隙をつかれて、ある特定の偽りの神以外のものに祈る者は死刑に処するという布告を出してしまいました。 「ダニエルは、その文書の署名がされたことを知って自分の家に帰った。彼の屋上の部屋の窓はエルサレムに向かってあいていた。彼はいつものように、日に三度、ひざまずき、彼の神の前に祈り、感謝していた。」ダニエル6:10 プレッシャーが掛かると、多くの人びとは自分のライフスタイルを変えてしまいます。ダニエルは布告が出されるまで待ちましたが、布告されると家に帰り、寝室の窓をあけ、そのそばでひざまずき、「ああ、神よ。またもやとんでもない布告が出されました。でも私はあなたとの関係を誰のためでも決して変えたりはしません。」と言ったのです。そして、人びとから見えるように窓の真ん前で主の前に日に三度ひざまずいたのです。彼は若いときから一日に三度主の前にひざまずき、感謝と祈りをささげることを習慣としていたのでした。 ダニエルの人生は厳しいものでした。人間的にいえば、地上で一番苦々しい思いを抱く男になっていてもおかしくありませんでした。彼はおよそ15歳のときにユダヤ人の中から連れ去られました。おそらく自分の家族はもう全部失っていたでしょう。彼は宦官にされ、王に仕える者とされました。ダニエルは最も劣悪な帝王を助けるための職を任ぜられましたが、神がすべてのことを回復されると約束された日のために祈りに専念したのでした。 幼い日から老人になるまでの長い年月、一日も欠かさずダニエルを祈りに駆り立てたのは何だったのでしょうか?それは彼が一つの約束によって捕らえれていたからです。それはエレミヤに与えられていた一つの預言であり、神は捕囚の期間が過ぎたらイスラエルを回復されるというものでした。ダニエルはその約束を信じて「とりこ」となり、毎日エルサレムに顔を向けてひざまづいて感謝を捧げていたのです。 イザヤ62:7に「主がエルサレムを堅く立て、この地でエルサレムを栄誉とされるまで、黙っていてはならない。」とあります。ダニエルは購われた者たちが癒されるというヴィジョンにしっかり捕らえられていたのです。彼が子どものときから大人になるまでずっと実行してきたまさにそのことが、非常に困難な状況の中でも彼を安全に守ったのではないかと私は思うのです。彼の命が狙われたときでさえも、約束を信じて祈ることが彼の生活のルーティーンになっていたので、彼は神が言われた約束が成就するのを見るために、必要ならば命をも喜んで投げ出そうとしたのです。(終わり) トップへ戻る
by walkwithgod
| 2009-06-29 12:10
| アメリカからのメッセージ
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