<   2008年 11月 ( 10 )   > この月の画像一覧

新たなハーモニー、新たな音 チャック・ピアス 08年11月29日

新たなハーモニー、新たな音、新たな軍隊が地上に起こる!

チャック・ピアス 



変えられている聖徒の皆さんへ

今は多くのことが変化しているときですが、その中で主が「凱旋する予備軍」について私に語ってくださいました。それを日曜日の集会で人々に話したとき、神の御霊が臨在をもってみんなを圧倒し、預言の言葉と新しい歌とを与えてくださいました。これから新しいシーズンに入るに当たって、これを読んで心にしっかり受け取ってください。

凱旋する予備軍

主の言葉。「わたしが今まで整え備えてきた予備軍を呼び出す時が、今こそ来た。予備軍は“舞台のそで”や“棚の上”で、彼らを荒野から呼び出すわたしの言葉が発せられるのを待っていた。時は今だ! 時は今だ! 時は今だ!

予備軍は、待つことによってそれまで持っていなかった力と栄光を身に帯び、ついに今、意気揚々と進み出てくる。整列した軍隊は美しさに輝いている。多くの者が『この荒野から上ってくる人は誰だろう?』と言うであろう。 
彼らが閉じ込められていた牢獄から解き放たれて行進し始めると、今まで見ることができなかったような強さと力で彼らは輝くであろう。彼らは変えられたレムナントになる。あなたも凱旋する予備軍の一人として指名されているのだ。

あなたは大混乱の真ん中に立つであろう。そしてあなたを取り囲む主権者たちにむかって、ヨセフの虹色の外套のように、大いなる恵みと知恵が豊かに示されるシーズンがくるであろう。
わたしが来るときには美しさがもたらせる。このマントルはあなたの前で広げられ、あなたを新しいやり方で被い包む。あなたは自分の自由と栄光のマントルが今までは人に見えないようにたたまれていて、わたしの真の民が誰であるかをこの世が見ることができないようにして来たことを今まで理解できなかった。

わたしはこれからの14ヶ月のうちに様々な変化をもたらし、それによってマントルが見えるようにする。わたしは人がするすべての決意・決定を見逃さない神である。わたしは歴史の神である。わたしは現在の神である。わたしは将来の神である。わたしは過去においてなされた多くの決定を見て来たが今それ(その結果)が現れる始めている。しかし今、わたしが過去と現在とを取って、あなたの未来が目で見えるように顕すのをあなたは見るであろう。 

わたしは、今詮索され攻撃されている、“あなたが相続するもの”が確保できるようにするために、新しい指令を下す。あなたの聖なる住まいに帰りなさい。なぜならばあなたは自分の感情のほしいままに千じに乱れ、収拾つかなくなるまでに放置したからだ。今というときにわたしのレムナントが、わたしがひろげているマントルを着るためには、聖さが必要なのである。」

新しい歌が湧き出た

「変革の音が今ここに
変革の音が地を満たす
知恵の声が流れくだる
恵みの声が花の冠のように降りてくる
変革の音が今ここに
変革の音、新たな日
わたしは勝利の地へとあなたを呼び戻す
安息の地へと呼び戻す
勝利の地へと呼び戻す
安息の地へと呼び戻す
愛は私の過去には気をとめない
愛が振り返るなと言う
愛が主の御腕の中にあなたを包む
愛は私の過去に気をとめない
愛は振り返らない
出て来なさい、出て来なさい
わたしはあなたを愛しているのだから
愛が私の過去を覆う
愛が私の過去を覆う
私はもう後ろを振り向かなくてよい
主がわたしの過去を覆うため死んでくださったから」
(メレディス・モウルデン&ジョン・ディックソン)

神の安息の場所に戻る

「 この地でわたしの民がするべき聖なる帰還がある。彼らは後ろに下がって、わたしが彼らの前を行くのをよく見てその後についてゆかねばならないからだ。わたしはあなたの先を行く神であり、わたしがこの日に行くべき道を知っている神であることを認識しなければならない。行く手の道が分かれて軍隊が正しく進めなくなる前に、後ろに下がりなさい。下がってあなたの安息の場所に戻りなさい。
わたしのうちにある聖なる安息の場所に戻りなさい。閉じ込められ栓をされていたあなたの中の信仰を、わたしは目覚めさせ、重要な時と場所にあらわれるようにする。わたしはあなたの使命を新たにする。聖なる帰還が起こる。

わたしの民は住まうべきところに留まらねばならない。敵があなたをわたしの住まいからおびき出す時には、それがどのように正当な理由に思えても、わたしの臨在の力の外に出るならば、あなたは敵が様々な領域に入りこみ忍び込む権利を敵に与えてしまう。それを許してはならない。もし許せば、敵に治める権利を与え、敵の管理体制に入ってしまうであろう。

わたしは今、新しいやり方で人々をわたしが召し出すことができる場所まで彼らを帰還させているときだ。新しいワーシップのかたちがある。わたしの心の中には人々に礼拝の仕方、いけにえを捧げる方法を変えてほしいと叫ぶ思いがある。わたしのもとに来て新しい聴き方をせよ。熱心に耳を傾けよ。 

今はあなたが立ち上がらねばならない時である。未踏の高嶺まで昇ってこなければならない。膝をかがめてワーシップし、上に昇って来なさい。今、(わたしに完全に)服従することなしには、この地上でのわたしの霊の動きを見ることはできない。

わたしは覆っている

わたしは地上の多くの場所をひなをかえすように覆っている。政府、経済、又、霊的組織の上を。そして今までそれらの組織が機能していた構造を変革している。あなたのこころの中で、わたしより上の位置をしめているものを取り除きなさい。わたしより上に置かれているすべての画策や目標は取り除かれなければならない。

これからはあなたがたの心に「自由」がなければならない。その新しい自由はわたしがあなたがたに示す道を進ませる。自由への叫びとワーシップをしたいと求める叫びは、これからの時代にあなたがたを救うであろう。あなたは今まで自分たちの国の権威というかさの下で自分の自由を得ようとして来た。しかしわたしは言う、もっと真の自由とはどういうものであるかを理解することができる、より優れた道を悟りなさい。あなたたちはこの世の政府のする業がどんなものであるかを本当には理解していない。

立ち上がれ。あなたの自由は人間の声の中にあるのではなく、わたしの声とあなたとのリレーションシップ(関係)の中にあるのだから。聞け、聞け、聞け。今はわたしの声を知らねばならない。束縛からお前を導き出すのはわたしだ。未来への扉を通らせるのはわたしだからだ。わたしの声を知りなさい。そしてこれからの日々にわたしと一つになることを熱望しなさい。わたしの言葉を話す人たちに熱心に耳を傾けなさい。すべてを注意深く聞き、ただわたしの言うことだけを聞きなさい。

新しいワーシップ

新しい方法でわたしをワーシップして、昇ってきなさい!(キース・ピアス)あなたの足に鎖があるのが見える。あなたがワーシップをするときに敵があなたを引き止めているのだ。あなたを引き止めようとしている鎖と戦いなさい! 深いワーシップに進んでいけば、わたしは鍵を管理しているものを送り、あなたの足の鎖の鍵を外して自由にし、昇ってこれるようにする。今あなたがわたしの臨在の中に来てほしいのだ!

昇るようにがんばれ。がんばれ。ワーシップの中で叫んで昇って来なさい。昇るべき日があなたに来ているのだ、天国が開いたのだから。昇るために立ち上がれ。わたしはオーケストラを召しだしている。地の上に新しいハーモニーを創りだす音がする。地上のハーモニーは今変化している。混沌の最中にわたしのハーモニーの音を聞き分けねばならない。」

新しい歌が湧き出た

「我らは主のハーモニーに合わせて行進する
我らは主のハーモニーに合わせて行進する
我らは主のハーモニーに合わせて行進する
主が遣わすところどこにでも我らは行く

我らは主のハーモニーに合わせて行進する
主のハーモニーに合わせて
我らは主のハーモニーに合わせて行進する
主の言われるところどこにでも行く
主のハーモニーに合わせて

われらはあなたの声を聞き、今あなたの道を見る
音-この音を聞け
この音があなたを前に進ませる
この音を聞け
音があなたを前進させる
振り返るな、振り向いてはならない
あなたを引き戻すものはない
振り返ってはならない、鎖はもうない。

われらは前進する
もう引き返さない
われらは前進する
もう引き返さない」
(ローレン・オーブリー&タミー・ブラック)


わたしのハーモニーに歩調を合わせよ

「あなたたちの血液の中を流れる多くの音がある。国々の血なまぐささをわたしが変えている音がする。わたしのハーモニーと地とに歩調を合わせよ。わたしは国々をわたしの新しい秩序に変えるために揺り動かしている。
木々は手を打ち鳴らし、その根は新しい組織になっている。前のシーズンでは実らなかった実が、わたしの民の目の前で、今年、たわわに実りはじめる。

わたしはあなたたちが将来選びとるべき橋をつくっている。これらの橋は様々な分裂という亀裂の端から端まで架けられる。あなたたちが渡るべき信仰の橋を見つけ出せ。その橋の真ん中でわたしはあなたと出会い、あなたを新しいレベルへと上げる。しかし、あなたが歩き始めねばならない。あなたはわたしが見るように国々を見るようになるであろう。

敵のつま先があなたの心の中に踏み込んだ。今わたしはあなたが敵に正面から立ち向かうようにさせる。敵はまだつま先で入ったに過ぎないのだから。敵は足をもう踏み入れたとあなたに信じさせようとしている。あなたは語るべき言葉をすぐそばに持っている。その言葉を語り、敵に宣言せよ。敵がつま先を入れていた過去はもう去らねばならない、と。あなたの足が今まであなたを支配していた敵の頭の上に置かれるであろう。」

新しい歌が湧き出た

「主の軍隊の前で敵は身震いする
主の軍隊の前で震える
歌は恐ろしい言葉よりも高く響く
あなたの御前でみな震える

震える音がする、臆することのない憤怒の
震える音、臆することのない憤怒の
あなたは臆するか、それとも憤怒するのか?
主を王とする軍隊の響きだ
これは主を王とする軍隊の響きだ」
(アロン・スミス&レアン・スクワイヤー) (終わり)


トップへ戻る
[PR]
by walkwithgod | 2008-11-29 09:24 | アメリカからのメッセージ

秋の日本旅行の報告 その2   坂 柚実子 11月25日

秋の日本旅行の報告 その2

10月15日に新小岩の駅前商店街にある東京バイブルチャーチに行かせていただきました。
主任牧師は福田広司先生からご子息の誠先生に引き継がれておられますが、世代交代された両牧師御夫妻が主のために力を合わせておられるのを見せていただきました。

この教会はガッズキングダムという幼稚園から高校までのチャーチスクールをしておられますが、今年から神学校も始められました。 チャーチスクールの高校を卒業した二人に加えて、あと二人の計4名の学生で、講師陣は両牧師を始めてとして外部からも多様な顔ぶれが揃っているようでした。

今回は午後の授業を主人が受け持たせていただきましたが、みなさんとても熱心に聴いてくださいました。また、よい質問をしてくださり、若い世代のクリスチャンが主との親しい交わりを真剣に求めている姿勢が伝わってきました。

a0051378_1650221.jpg

神学校での授業の写真です。

夜の教会の集会では、誠先生のリードによるすばらしい賛美のあと、主人がメッセージを語りました。聖霊の豊かな臨在の中で神様が働いてくださいました。

一人の若い女性が特に神様に触れられ激しく泣いておられましたので、その方についてお尋ねしたところ、先の日曜日に初めて教会に来られ、その日のうちに救われた方だということでした。教会に来たのはその日が初めてだったのですが、5年ほど前に駅前で広司先生が配っておられたギデオンの聖書を2度受け取られ、それ以来ずっとその聖書を読んでおられたそうです。

彼女は仕事の関係で今まで日曜日に教会に来ることが出来なかったのですが、やっと仕事のスケジュールが変わり教会を訪れたということでした。その日曜日はアメリカからのある夫妻がゲストスピーカーでしたが、メッセージの後でみなさんに預言をされたそうです。そして、初めて来た彼女にも神様がこれからお用いになるという預言を伝えたそうです。まわりの人は、彼女は今日来たばかりでイエスをまだ信じていないのにと、戸惑われました。しかし、集会の最後の招きの時に、彼女は前に進み出てイエスを救い主と信じたのです!

神様のすばらしい救いのみ業、先生方のたゆまない伝道の実をお聞きし、又、見させていただくことができて、私たちにとっても本当に幸いな日でした。(続く)

トップへ戻る
[PR]
by walkwithgod | 2008-11-25 16:50 | 柚実子からのハワイ便り

輝かしい時に備えよ カル・ピアス  2008年11月21日

輝かしい時に備えよ

カル・ピアス 



世にあっては艱難がある

世の中は今、すべて揺り動かされるものは揺り動かされているようです。しかし、キリストの身体である教会は落胆するのではなく、これから神がされることに奮い立つべきなのです。主はこれに関してヨハネ16:33で次ぎのように語っておられます。

「わたしがこれらのことをあなたがたに話すのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては艱難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」

私たちは世にいるけれども世のものではないことを、忘れてはなりません。(ヨハネ15:19)全く別の領域に住み、神の王国に属するものです。ヨハネ16:33で神は「神のいない世界は立ち行かなくなるが、神の民は嵐の中でも平安を持つことができる。だから勇敢でありなさい」と告げておられます。私たちに必要なものはすべて神の国から与えられるのであり、イエスと神の国だけに目を留めていれば、平安を保つことができるのです。

御国にある資源―主に信頼せよ

この世ばかりに目を留めていると、私たちは目に見えるものによって生活してしまい、人間の業に信頼を置いてしまいます。すると私たちは敵の罠にはまって、敵が信じさせようとするものを信じてしまいます。しかし、神とその御心にだけ焦点を当てると、私たちは神の御国と神が持っておられる資源に心を合わせることができます。箴言3:5-10で神が語っておられることを聞いてみましょう。

3:5 心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。
3:6 あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
3:7 自分を知恵のある者と思うな。主を恐れて、悪から離れよ。
3:8 それはあなたのからだを健康にし、あなたの骨に元気をつける。
3:9 あなたの財産とすべての収穫の初物で、主をあがめよ。
3:10 そうすれば、あなたの倉は豊かに満たされ、あなたの酒ぶねは新しいぶどう酒であふれる。


まず神は「こころを尽くして主に拠り頼め」と言われます。神は人間社会の経済の動きを心配してはおられません。神は「天で行われるように地でも行われるように」と望んでおられる御国の経済体系をもっておられます。(マタイ6:10)自分の悟りに頼らないで、すべてのことに主を認めるならば、主はあなたを導かれる、と語られています。

言葉を変えれば、神の御国に入る鍵は、主を認め信頼するときに手に入れることができるのです。御国の資源は信仰によって信じるもののところに運ばれるのです。もし私たちが回りの状況を見て歩むならば、恐れが生じます。 それは信仰で歩いているのではでありません。箴言3:25-26に次ぎのように書かれています。

3:25 にわかに起こる恐怖におびえるな。悪者どもが襲いかかってもおびえるな。
3:26 主があなたのわきにおられ、あなたの足がわなにかからないように、守ってくださるからだ。


私たちが主に信頼し、主に確信を置くならば、主が私たちを敵のわなから守ってくださいます。もしこの世の経済に焦点を置くならば、私たちは恐れを持っておびえてしまいます。箴言3章で「自分の富をもって主をあがめよ。 そうすれば私たちの倉は満ち溢れる」と言われています。

神は私たちがまず種を蒔き、その結果として収穫を得て勝利することを望んでおられます。私たちは蒔けば収穫するのです。これが「持っているものを手放す」という御国の方法です。「手中の種をしっかり握っていよ」というこの世のやり方とは反対なのです。御国が天にあるように地にも来るようにと言うことは、もし私たちがそれを所有しなければ何の役に立つでしょうか。イエスは「神の国は近づいた(at hand)」といわれました。それはすでに手を伸ばせば届くところにあるということなのです。

最も輝かしいときが来た

今は「握りしめて離さない」ときではなく、神の御国の資産を癒しや回復のために絶望している世界に解き放ち与えていくときです。この世は今までよりもっと人生の答えを探求するようになることでしょう。ですからこれからは私たちにとって最も輝かしいときとなるのです。イザヤ60:1-3に書かれています。

60:1 起きよ。光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。
60:2 見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現れる。
60:3 国々はあなたの光のうちに歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。
さあ、勇気を出してしっかり準備をしてください!
(終わり )

トップへ戻る
[PR]
by walkwithgod | 2008-11-21 17:16 | アメリカからのメッセージ

2008年に神の新しい七年サイクルは順調に動き始めた 坂 達也 11月19日

2008年に神の新しい七年サイクルは順調に動き始めた

坂 達也


 神のなさることには、全てに時がありシーズンがあります。旧約聖書を通して教えられることは、七日とか七年毎のシーズン、あるいはサイクル(周期)があることです。特に最近では七年毎のサイクルが改めて強調されるようになりました。七といえば音にもドレミファソラシドという七音サイクルの音階があります。
 ドから始まった音は七つ目のシで終わって次はドに戻って、又新しくドレミ...が始まる。つまりドで始まりドで終わり、同時にそのドで又始まる。その八つ目のドは完成と開始の両面を持っていると言えます。2008年はそのような「ド」の年でした。私はこれを霊的な意味での比喩として考えたいと思います。

 霊的な意味でと言いましたが、ドからドに至った次のドは、同じドであっても一オクターブ違うことにご留意ください。そこではレベルがアップされ、もう一段階天に近いと言いましょうか、霊的に高くなっていなければなりません。その意味で2008年は前の2001年のレベルから一段高いレベルへの移行のプロセスが終了し、同時に、もう一段階高い新しい霊的レベルの領域に入る年であったのです。2008年になって霊的密度が一段と濃くなった、主の臨在と聖霊の充満さが高まっていることを経験した人は多いと思います。求める人には霊的な知識がより早くより易く与えられ、ダニエル書12:3,10にある「 目覚めた人々は大空の光のように輝き...目覚めた人々は悟る。」という終わりの時が来たのです。主との交わりがより深く、喜びに満ちたものになってきました。あるいはエリシャが得た二倍の霊の分け前が私たちにも与えられる時が来たのかも分かりません。より新鮮な新しい風が吹き始めました。本当に2008年になって主の御声がよく聞こえるようになったはずです。

 そしてこれから「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受け」(使徒1:8)「わたしを信じる者は、わたしの行なうわざを行ない、またそれよりもさらに大きなわざを行なう」(ヨハネ14:12)時に入るのです。それは「天の御国の時代」に突入し始めたからです。

人間の考えること、やることがいかに不完全であるか

 神は最近、この世の政治、経済、金融システムが、いかに不完全でもろいものであるかを実に見事に暴露されました。それも諸悪の根源はアメリカにあると言わんばかりに、アメリカを震源地とした金融恐慌はあっという間に世界中に広がり、多くの名門の銀行とか金融企業が倒産するという、考えられないような事態を引き起こしました。この金融システムの破綻に次いで株式市場が記録的に落ち込み、ひいては一般の景気が完全に沈没しつつあります。景気が悪くなると、人々は財布の紐を引き締め、先ず買わなくてよいものから買わなくなり、倹約します。
これこそ健全な家庭財政の考え方で、よいことではないでしょうか。しかしこの考え方では現代国家の経済システムは暗礁に乗り上げるというのです。全くおかしな話ですが、人々が無駄な買い物をしなくなると世の中が回って行かないのです。特に元々赤字財政で自転車操業を繰り返す国(アメリカが最たるもの、日本もそうです)は失速して倒れてしまいます。

 なぜ神は今の時期にこのような事態が起こることをゆるされたのでしょうか。それは人間の考えること、やることがいかに不完全であるかという事実を、この際世界中の人間にはっきりと認識させるためであったと思います。しかも神は、教会という霊的な領域においても同じように「人間がやってきたことの不完全さ」を示され始めました。
 
今回の日本訪問で、日本のクリスチャン教会における古い体質、古い伝統が今はどん底に落ち込んでいる兆候の一端を見ることが出来ました。その外的なしるしとして、主に聖霊派においてですが、新聞が廃れ、本が売れず(いずれもクリスチャンの)、神学校にも、いや一般の集会聖会にも昔ほど人が集まらないと聞きました。いわゆるリバイバル、リバイバルと熱狂的に祈り叫び、リバイバルを期待した時代は過ぎ去り、その後あの手この手を模索して試した結果それもうまく行かず、疲れきっている状態にあるように見えました。

 しかし、その一方で新しい体質、新しいものが生まれつつあることも見ることが出来ました。それは若者を中心とした新しい種類のクリスチャンが台頭して来ている姿です。私は、今回見たこのような現象を一言で言えば「世代交代」「世の中が変わる」顕われであると気が付きました。それがいよいよ2008年から加速され、これから益々進行するのです。

 初めに神が地球の統治を人間に任せて以来、人間は人間が築いて来た伝統と慣習によって世界を人間の知恵で統治しようとして来ました。しかし、その時代に終止符をつけ、いよいよ主ご自身が直接治める御国の時代に入る時が来たのです。それはちょうど、幼児に積み木を与えて、自分でやらせようとするのに似ています。幼児は自分だけではうまく出来ないので、最後は積み上げかけたものもめちゃめちゃに壊して泣き出す姿に似ているのかもしれません。人間はやはり神と言う親の助けを借りて一緒に積み上げないとうまく積み上げられないようです。神はそれを人間に今はっきりと分からせようとしておられます。

 イエスはこの世に生まれ宣教を始められた時に「御国が近づいた」と言われましたが、今はついにそのイエスの御国の時代に入ったか、あるいは入る直前であると信じます。私がその確信を強めた理由の一つは、多くの使徒的・預言的な人たちがこのところ特に明白に、しかもいっせいに、クリスチャンの使命とは「主の御声を聞いて忠実に従う」ことであることを強調していることです。

 11月4日にアメリカの大統領選挙がありましたが、アメリカの多くのとりなし手がクリスチャンでありながらプロ・チョイス(堕胎賛成)等の反聖書的立場を取るオバマ候補を絶対に大統領にしてはならないと、共和党のマッケィーン候補とその副大統領候補のペイリン氏の当選のために今までになかったほど激しく祈ったと聞いております。にもかかわらず47歳という若い歴史上最も未経験な大統領になると言われるオバマ氏が当選しました。なぜ神はそれをゆるされたのでしょうか。

 私は、主がこれからは直接政治に加わる御国の王であることを今回積極的に示されたように思うのです。若い未経験なオバマ氏が選ばれたことは御国が来るよい前触れであるような気がします。私は選挙の前の一ヶ月を日本で過ごしましたが、この間オバマ氏の優勢はほとんどゆるぎませんでした。その中にいて私はなぜか「主の御心がなされるように」を強調する祈りに心が傾きました。後で振り返ってみると、「主の祈り」だけがまさに私たちの今の祈りであるべきであることに思い当たったのです。

  ..御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。

 世界情勢が最も難しく厳しいこの時期に、主は、私たちの思いをはるかに超えたご計画と方法をもってオバマ氏を敢えてアメリカの大統領として起用することをこの世に示されると共に、72歳のマッケイン氏を選ばずに47歳のオバマ氏を選んだことによって、今は「世代の交代」のシーズンであることを明確にされたのかもしれません。これも御国の体制への移行路線を主が着々と進めておられる顕著な顕れであると信じます。

荒野で約束の地に渡ったイスラエルの民とその二人のリーダー

 ここで思い起こされるのは約束の地に入るに当たって、荒野で起こったイスラエルの民の世代交代とその引率者の交代です。
 事の起こりは、エジプトを出たイスラエルの民が二年目にカデシュ・バルネヤまで来た時、カナンの地を探るべく各部族から12人のリーダーが選ばれ、40日間の斥候の旅に出ました。その報告を聞いて恐れをなした民は神に盾突き、エジプトに引返そうとまで言いました。但しこの12人の中でヨシュアとカレブだけが、どんな強敵であっても恐れずに神に従へば、神がその地をイスラエルに下さると主張しました。このような不信仰の民に怒った神は「お前たちは死体となってこの荒れ野に倒れるであろう。わたしに対して不平を言った者、つまり戸籍に登録をされた二十歳以上の者はだれ一人、わたしが手を上げて誓い、あなたたちを住まわせると言った土地に入ることはない。ただし、エフネの子カレブとヌンの子ヨシュアは別だ。」(民数記14:29-30)と言われ、その通りになりました。神は、この不信仰の民の引率者であるモーセすらも約束の地には渡らせませんでした。

 従ってヨルダン川を渡ってかナンの地に入ったのは民数記で登録されなかった当時20歳以下の男子の若者たちと(実際にヨルダン川を渡った時の最年長者は60歳になろうとしていた)それを引率する「年寄り」二人、ヨシュア(モーセの後を受け継いだ時は85歳頃と言われる)カレブ(80歳頃)だけでした。

 ここで私たちクリスチャン全員が、もう一度1コリント10:1-6に注目することを提案します。「そこで、兄弟たち。私はあなたがたにぜひ次のことを知ってもらいたいのです。私たちの先祖はみな、雲の下におり(聖霊の雲の柱で導かれ)、みな海を通って行きました。そしてみな、雲と海とで、モーセにつくバプテスマを受け、みな同じ御霊の食べ物を食べ、みな同じ御霊の飲み物を飲みました。というのは、彼らについて来た御霊の岩から飲んだからです。その岩とはキリストです。にもかかわらず、彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。これらのことが起こったのは、私たちへの戒めのためです。それは、彼らがむさぼったように私たちが悪をむさぼることのないためです。」続いて11節で「これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。」 

上記の6節と11節で「これらのことが起こったのは、私たちへの戒めのためです。」が繰り返されています。これは世の終りの私たちに同じことが起こる可能性が十分あることを予測した上での大変な警告であることを私たちは十分にわきまえねばなりません。雲(聖霊)と海(水)のバプテズマを受け、キリストと御霊の聖餐(食べ物、飲み物)を共に受けたイスラエルの民と言えば、私たちクリスチャンに相当します。その大部分の人が「神のみこころにかなわず」滅ぼされると言うのですから、これは大変な警告です。そこで「みこころにかなった」カレブとヨシュアのどこが「みこころにかなった」のかを見ることは、今の私たちにとって最重要な教訓になると信じます。

 「カレブは..主(わたし)に従い通したから..」(民数記14:24、申命記1:36)と言う賞賛のことばが聖書に6回も出てくる程、カレブは主に忠実に従い通した人でした。ヨシュアも同じように「主に従い通した」と民数記32:12に書かれています。一方荒野で滅ぼされたのは「わたしの声に聞き従わなかった者たち」(民数記14:22)でありました。

 又ヨシュアについては、出エジプト記33:9-11に「モーセが幕屋に入ると、雲の柱が降りて来て幕屋の入り口に立ち、主はモーセと語られた。雲の柱が幕屋の入り口に立つのを見ると、民は全員起立し、おのおの自分の天幕の入り口で礼拝した。主は人がその友と語るように、顔と顔を合わせてモーセに語られた。モーセは宿営に戻ったが、彼の従者である若者、ヌンの子ヨシュアは幕屋から離れなかった。」と書いてある通り、民は雲の柱が立つと全員立って礼拝しましたが、ヨシュアはその幕屋の中に留まり続けました。ヨシュアは主の臨在を愛するだけでなく「その中に留まる人」であったことが私には特に印象に残ります。

 このヨシュアとカレブという二人だけが高齢者のリーダーとしてヨルダン川を渡って約束の地に入れたとすれば、終わりの世に生きる私たちもこの二人と同じような者にならねばならないことがこれで明確です。これから主が直接主権をもって治められる神の王国において、私たちに必要なことは只一つ「主に従い通す」忠実さを持つことであるのです。

 今回のアメリカの大統領選挙では、投票日のずっと以前から純然たる預言をした人もたくさんいました。しかし結果を見た今、その是非が盛んに論及され、又多くのクリスチャンの見識者によって色々な意見が取沙汰されております。多くの人はオバマ氏が選ばれたことに失望し、何故そうなったかを分析し評論しました。クリスチャンでも今は「一億総評論家」の時代です。ある人たちは祈りに答えて下さらなかった神に失望し、アメリカ人のしたことにその原因があるとしてそれを追究し責めます。私は、その人たちのコメントの多くが、人間の宗教的伝統とその道徳観に立ったどちらかと言えば人間的な考えからの批評であることに気が付きました。誠にごもっともな意見が多いのです。しかしながら私は、基本的に「あなたは神のなさることを評論するのか」と言う気持ちがしてなりません。

 カレブとかヨシュアが今アメリカに生きているとしたら、彼らが選挙に失望したり、評論したりするでしょうか。彼らは「主のなさることを全て信じ、主のご計画、主からの指示と命令のみを待つ」人たちですから、神のなさることに何の疑いも持たず、選挙の結果が主の御心であると信じ、論評など思いもよらないでしょう。

それでは、どうすれば「主に従い通す」カレブとヨシュアになれるのか。

 先ず、熱烈に主を求め、過激的に主を愛する人になることです。そのような人には聖霊の雲の柱が立ちます。その雲の中に留まる人には油が降って来るでしょう。聖霊に満たされないでものを言ったり、油注ぎのない行動をする人はいなくなるでしょう。
 雲の中に留まる人とは、モーセのように、主と「人がその友と語るように、顔と顔を合わせて」親しく語り合う親密な関係に入るでしょう。
それは人間関係と同じです。あなたは主とどのような関係にありますか。ほとんど他人のようですか。普通他人とは口を利きません。あなたの祈りは主にものを頼む「お願い」から成り立っていますか。親しい友達付き合いの人とは単に頼み事だけをして別れますか。召使とはそれでよいかもしれませんが、あなたは主という花婿にとっての最も親しい花嫁のはずです。その愛する親しい方があなたという幕屋に住んでおられるなら、終日、楽しくお話しないでしょうか。そうであってこそ心が通い、相手の心と思いが完全に分かるはずです。こうして、私たちは心から喜んで「主に従い通す」花嫁になるのではないかと思います。

新しい霊の領域に入る

 栄光の雲の柱の中とは、時のない永遠の領域です。「私たちキリストの身体は、新しい時代に突入する瀬戸際に立っています。神の栄光で満ちた、時のない領域では、加速的に強まる力があるのです!神の栄光の領域が自然の領域に入り込むと、奇跡、癒し、しるし、不思議、創造的力が大いに加速されます。」とジェフ・ジェンセン師は言います。(本HP10月13日の「永遠が押し入ってくる!」ジェフ・ジャンセンを御参照ください)

その栄光の雲の中で多くの時を過ごせば過ごすほど「成熟」が加速され、通常の十分の一以下の時間でことが成し遂げられると師は言います。これから主が起こされる若い世代の人たちは、初めから新しい皮袋に造られた新種のクリスチャンで、はちきれんばかりに聖霊に満たされますから、ものすごいスピードで信仰が増して行くでしょう。

 現在では全く程遠く不可能なことのように思われますが、今あるばらばらの世界中の「教会」が、終末迫るこれからの短期間の間に「しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のない」キリストの「一つのからだ」に本当になれるのです。なぜなら、私たちはこれからどんどん霊的に「高い音階の領域」に上げられてその中で過ごすので、超自然のスピードで成熟するからです。主は圧倒的な勝算をお持ちです。それを全く疑わないヨシュアとカレブの信仰で、これからのシーズンを熱狂的に主に従って生きようではありませんか。(終わり)


トップへ戻る
[PR]
by walkwithgod | 2008-11-19 09:18 | 坂達也からの今月のメッセージ

秋の日本旅行の報告 その1  坂 柚実子   11月18日

秋の日本旅行の報告 その1

一月余の秋の日本伝道旅行も無事に終わらせていただき、11月4日にハワイに戻りました。春の旅行のときは主人の旅行疲れからの回復に時間がかかりましたが、今回はすぐに元気になり、もとの生活に戻ることができました。

最初に奈良、九州、そして沖縄に10日間、あとは東京や東北の教会に行きました。
沖縄は真夏の暑さでしたが、東北ではもう冷たい秋でした。でも全行程、皆様のお祈りに支えられて主と共に過ごすことができました。ありがとうございました。

まず、九州の八女の写真からご紹介します。八女市は「八女茶」の産地であり、どこに行ってもおいしいお茶が供されますが、お茶とともに仏壇の町として有名です。町中がお寺と一つになっているところといってもいいでしょう。

八女市で伝道しておられる近藤雅子先生は、グルーバー先生から祈りの歩行を学ばれて、この10年間八女市を祈って歩いている方です。先生は八女市に牧師先生方(グルーバー先生や私たちも)が来られる度に、ご自分がいつも伝道しておられる町の方たちのところに連れていかれてご紹介されます。眼鏡屋さん、漢方薬屋さん、クリーニング屋さん、そしてお寺の住職にも。

その中に八女市で4期市長をつとめられた野田国義氏ご夫妻がおられます。多くの牧師や伝道者から話しを聞かれ、イエス・キリストを受け入れる祈りもされたそうです。今回野田氏が国会議員として民主党から選挙に出ることになったので、その事務所をお訪ねしました。
a0051378_16451041.jpg


野田氏は不在でしたが彼のポスターの前で写真を撮りました。右側が野田夫人と近藤先生、左側が私たちです。彼のスローガンは「義憤」です。今まで八女市の市長として公約を果たし、市民から信頼されてきたそうです。国会の解散が遅れていますが、それも氏が広く知られるためには益に働くのではないかと、近藤先生は言われています。翌日は近藤先生と私たちで、選挙区である7つの市の市役所を回り祈りの歩行をしてきました。選挙の対抗候補は自民党の選挙対策委員長の古賀誠氏ですから大変厳しい戦いになることは間違いありませんが、主の御心がなされるようにぜひお祈りください。

近藤先生は、今までの10年間、祈りの歩行をしてきた意味がよく分かったような気がする、と言われています。今回いろいろなところで同じような言葉を聞くことができました。祈りの歩行は地味な働きですが、確実にその地を清め罪の束縛から開放する力があることを実感しています。(つづく)

トップへ戻る
a0051378_16451041.jpg

[PR]
by walkwithgod | 2008-11-18 16:49 | 柚実子からのハワイ便り

その後のジュディス・グルーバー夫人と祈りのお願い 11月16日

その後のジュディス・グルーバー夫人

先回グルーバー師夫妻はミニストリー旅行に共に出発すると報告しましたが、その日になって夫人の容態が悪化し、出発を見合わせました。それ以来様子を見て来ましたが、結局旅行に出られるまで体力が回復しないまま、旅行をキャンセルすることとなり、その後自宅で静養しております。グルーバー師も今は出来るだけ傍を離れず、インシュリン注射を助けたりして夫人を見守っております。

 今朝の電話ではグルーバー師も今までにない沈んだ声で、夫人が一進一退の中で体力と共に気力も衰えていること、家の中での歩行もあまりしなくなっている様子を語ってくれました。夫人はしばしば痛みを訴えるそうです。
 皆様、どうぞ主に示されるままに一層のお祈りをお願い申し上げます。坂 達也

トップに戻る
[PR]
by walkwithgod | 2008-11-16 07:41 | 坂達也からの今月のメッセージ

何にも思い煩うな ビル・ヨント  2008年11月15日

何にも思い煩うな

ビル・ヨント



「何にも思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」ピリピ4:6

「愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。」三ヨハネ1:2

今天から放たれているものを受け取るためには、まず自分の魂そのものが繁栄し幸いを得ていることが必要であると思います。自分の人生について神が何を語っておられるかを聞き、神の口から出る一つ一つの「今の」言葉によって生きることが大切です。神が語られるとき私たちは生きるのです! 主の言葉は私たちの身体を健やかにし、骨の髄となります! 主の言葉は純金より尊いのです。もし神が税金を払うには「魚釣りに行け」と言われるならば、魚の口に金貨が見つかるでしょう!

この文で私は、健やかに生きるのに必要である「魂に繁栄を得させる」人間関係の大切さについても話したいと思います。それは癒されようと必死でがんばることに勝るものです。私はこれまで人々の愛と祈りによって癒しを受けてきたことを知っています。また、神が私のために選んでくださった、思いもよらない人々を通して、物質的な祝福を受けてきました。私たちが築いた人間関係は大きな利息をもたらすのです!

主がかつて語られた言葉、今語っておられる言葉を固守せよ

私はハートアタック(心臓病発作)を患いましたが、主が5年前に語られた言葉を私は決して忘れることはないでしょう。主は「息子よ、おまえはこれから癒しのアタックを受け始めるだろう。癒しはおまえの家系に流れるものだからだ!」とその時言われたのです。そのような言葉を聞いたのは初めてでした。主はまた、その癒しは徐々に起こることも教えてくださいました。そしてその理由は、瞬間的に癒されるよりもその方がいつも主から目をそらさないで生きていけるからではないかと、私は思っています。「信仰のテスト」の谷間を長く歩けば歩くほど、私は癒しに関してもっと深く学んだように思います。

過去5年間に遣わされたすべての教会で私が最初に証することの一つは、「私は癒しにアタックされています!」と言うことでした。そうすると人々の中に「自分も癒しにアタックされている!」という信仰が直ちに湧き上がるのを感じることができるのです。敵は何度も私の肉に働きかけ、実際には癒しなんか起こっていないと思わせようとしました。

しかし、敵はうそつきだと知っていましたから、私はもっと大胆に神が語られたことを人に話しました。あるとき私は大胆さと決意に満たされ、「証をする」という域を超えて自分の癒しを「預言する」霊の領域にシフトされたことがわかりました。

教派の壁を越えることによって天からの健康を保つプランを得なさい

政府が党派を超えて働かなければヘルシー(健全)でないように、クリスチャンが天からの「ヘルスケア」(健康管理)や主の「救済プラン」を国として受けるためには教派を越えねばなりません。いままでの人生を振り返ってみると、神ご自身のご配慮で以って、今ある私にするために私を多くの異なった教会や教派に送られました。私が子供のときに発病した時ですら、主は道を備えられ、私は少し変わったところに行くことになりましたが、そこで癒しがおこったのでした。

それは7歳のときのことですが、私は脳腫瘍になり、神の導きによりペンシルバニヤ州のピッツバーグにあるマーシー病院に送られました。そこはカトリックの病院でした。母はすべての修道女や神父たちに私のための祈りをお願いしました。母は物事を神の目を通して見ているようで、神を信じる人が天使のようにどこにでもいて、必要なときに助けてくれると思っていたようです。神は主権をもって奇跡のようにそのカトリック病院を選び、そこの修道女や神父を用いて私のために天を開いてくださいました。そして医者が手術をする前に私の腫瘍は消えてなくなったのです!

神が働いてくださる(癒しが起こる)場所とか教会を自分で勝手に判断して制限するときに、私たちは神を制限してしまうのだと思います。

多くの教派によって養われた幸い

私は、ファースト・チャーチ・オブ・ゴッド、チャーチ・オブ・ゴッド、メソジスト、フリー・メソジストなど、聖霊派やそうでないところの両方で育ちました。振り返ってみて、それはとてもよかったと思います! 私が今日神の望まれるところまで来れたのは、これらすべての教派が必要だったのだと思うのです。神はどこでもお好きなところ(即ちすべての教会!)にご自分の力を顕わすことができることを、私は学び感謝しています。

地球から上に高く昇れば、州や国家の境界線は地図に書かれたようには見えないといわれます。神は私たちを霊で高く昇らせてくださり、神のようにものごとを見せてくださっているのです。キリストの身体の中には教派の線や壁はありません。主にむかって鼓動する心を持った人々を、主はすべての教会や交わりの中に持っておられるのです!

私の母は、ある教会を訪ねて礼拝が始まる前に椅子に腰掛けて待っていたときに癌がいやされた、という証を持っています。後になってから、そこは癒しを信じない教会だったことがわかりました。それはどうであれ、神がその教会におられたことに間違いはありません!

数年前母が足の切断手術を免れて癒されたのは、ペンシルバニヤのピッツバーグの長老派の病院においてであり、それは神の奇しいご計画によってでした。それはアメリカで最も優れた病院の一つでした。長老派の人たちを神に感謝します! つまり、神はあるときは病院や医者を用いられて癒しや奇跡を起こされることもあるということです。イエスは「医者ルカ」を弟子の一人とされました。

最近、私は長年連絡していなかったある友人に電話をしました。ずっと以前、癒しに関する聖書の言葉の見解がくいちがい、彼は他の教派の教会に移っていったのでした。私は心臓のカテーテル検査のためにある病院に行くことになったのですが、彼も同じ病院にテストに行ったことがあるのを知っていたので、話を聞いてみようと思ったのです。会話が終わりかけたとき、彼は私の回復のために祈ってもいいか、と尋ねました。私は勿論「お願いします」といいました。

彼が祈り始めたとき、私は彼の人生と祈りの上の注がれている主の油注ぎに驚きました! そして私の癒しのために彼が信仰の祈りをし始めたときには、もっと驚きました。私たちが疎遠になっていた長年の間に、神が彼の人生に働いておられたことを私は少しも知りませんでした。彼が私よりももっと主に深く人生の基礎を据えていることを感じました。

数日後検査のよい結果を彼に知らせるために電話をしました。すると、私が検査を受ける前の晩に、彼が自分の教会の長老全員に私のために祈るように頼んでくれていたことが分かりました! 私とは考えが異なる教会が、過去にくいちがいがあったにもかかわらず私のために祈ってくれたと知って、私は深く感動しました。心臓の検査がよい結果だったのは当然です!
ついに医者は私が「預言」してきたことを「証言」した!

私をもっと驚かせたことは、カテーテル検査の結果、2003年の検査のときから動脈のプラクは増加していないということでした。5年間動脈のプラクは阻止されていて少しも増していなかったのです! 一番驚いたのは、医者が次に言ったことでした。「あなたの心臓は大丈夫です。もう発作を起こすことはないでしょう!」

自分の気持ちがどうであれ、癒しを預言し続けるならば、医者は自分が「預言」したことを「証言」するようになるのでしょうか? 私も食べたいものも我慢しましたが、すべての賛美を主イエス・キリストにささげます! 

私の受けた癒しは、私がとうの昔に関係を絶ってしまった教会や兄弟姉妹のうちにきっと起こることを信じるようになりました。神はどのような教会や教派、人々を切り捨てることはしないことを私は学んでいます。私たちが自分たちの教会や交わりだけが癒しが起こる全てを持ち合わせていると思っているときに、神は舞台裏で神の方法でひそかに働いておられるのです。

国家が健全になるためには、政府さえ党派を超え過去の相違点を乗り越えていく必要があるのですから、私たち神の民も霊的栄養を受けとりもっと豊かに癒しを受け取るためには、教派の壁を越えねばならないと感じています。ずっと前にはとてもこの人とは一緒にやっていけないと思えた人でも、今はあなたの病気が癒されるための癒しの賜物を持っているかもしれないのです! 自分の命がそれにかかっているかのようにお互いに愛し合いなさい、と神が命じられたのは本当にもっともなことです。

十字架上でイエスが両手を大きく広げられたのは、私たちを隔てる壁をなくし、私たちを一つにするためであった

詩篇133:1 見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。

133:2 それは頭の上にそそがれた尊い油のようだ。それはひげに、アロンのひげに流れてその衣のえりにまで流れしたたる。

133:3 それはまたシオンの山々におりるヘルモンの露にも似ている。【主】がそこにとこしえのいのちの祝福を命じられたからである。

キリストの身体の中で分け隔てがあるところを、みんなが両手を伸ばして包み込み隔てを取ることが私たちにはできるでしょうか? そうして(私たちという)キリストの手が世の中の人々にも伸ばされ、それによって人々が喜ぶのを見ることが出来るでしょうか?主は私たちと同じようにこの世の人たちを愛しておられるのですから。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。」ヨハネ3:16a

どうかご一緒に、イエスがあなたや私のために手を広げてくださったように手を広げてくださいませんか? どんどん広げて主のためにこの世に手をさしのべようではありませんか?(終わり)

トップへ戻る
[PR]
by walkwithgod | 2008-11-15 10:00 | アメリカからのメッセージ

神の新しいハイウェイ チャック・ピアス   11月11日

神の新しいハイウェイ

チャック・ピアス


ユダヤ暦5768年が終わり、私たちは5769年を歩み始めました。
「8」という数は常に「新しい始まり」と関係がありますが、「9」は
「孕んだものを産み出す」ということに関連しています。

それでは5769年には神が私たちのために備えられた「新しい何か」に入ることはできないのでしょうか? そんなことはありません! 主の恵みは朝ごとに新しいのです!しかし、今は国家が急激に変化しているときです。もし今私たちが今歩み始めた新しいシーズンにおいて、主を見出せるうちに捜し求めることを怠るならば、私たちが国家としてそのチャンスを逃してしまう可能性はあるのです。

主からの預言的言葉「わたしはハイウェイを造っている」

先日の火曜の朝の祈り会において、主が語られました。「今わたしはハイウェイを造っている。今までおろかで罪人であった者を、わたしはこのハイウェイに招く。もしわたしの招きに応じるならば、彼らが再び迷い出ることのない道をわたしは備えよう。

今のシーズンにあなたが歩むべき道の道標がわかりやすいようにとわたしに願え。今までわたしと共に歩くことが出来なかった捕らわれ人が開放されるように願え。前のシーズンには捕らわれていた者たちが、今のシーズンにあなたの道に来ることができるようにわたしに願え。今まで敵によって占拠されていた倉庫を開ける鍵を、わたしから求めよ。

今日の損失に目を留めずに、あなたのためにとっておいた倉庫の鍵をわたしに求めよ。損失に力を落とさず、むしろ倉庫を開ける鍵をわたしに求めよ。あなたのためのハイウェイとその途中に用意されている休憩場所を見ることをわたしに願え。あなたのためにわたしが備えた物資の倉庫に行くためのハイウェイからの出口のサインが、よく見えるようにわたしに願え。

新しい創造的アイディアをわたしは与えようとしている。又、あなたのために開こうとしている新しい場所を既に用意してある。わたしが繁栄させようとしているマーケットプレイスを求めよ。今わたしに願え。失われたものをいつまでも話さずに、今から開かれようとしているマーケットプレイスをわたしに求めよ。」

.
神の御霊は又言われました。「わたしこそがあなたがたを動かすムーブメントである。天の領域におけるわたしのムーブメントは、地の領域であなたの霊を動かし立ち上がらせる。わたしが求めているのはわたしと共に動くことを切望している人々であり、わたしは既にその者たちを創造してある。わたしは前進していく人々を切望している。わたしが御座から語る言葉を大声で叫ぶ民をわたしは探し求めている。

わたしは、わたしに従い続けて新しい領域にまで着いて来る民を探し求める神である。わたしの羊はわたしの声を聞き、わたしが御霊を吹きかけることによって開く多くの扉を通ってわたしに従う方法を知っている。彼らは裏の扉から入ってくることはしない。たとえ人より遅くなっても御霊の風が吹くまでじっと待ち、風にしたがって入ってくる。

あなたがたの多くは新しい道から招き入れられるであろう。わたしがすでに閉じようとしている扉に目をむけてはならない。あなたがたの未来への扉を開くわたしの風の動きをよく見張っていなさい。」

次に私は魚が卵を産み付けるためにやってくる池を見ました。神は言われました。「あなたの未来を孵化する卵を産みつける時がきた。あなたの思考プロセスを変えなさい。倍増する資産の管理者として召してある投資家たちにわたしは言う。『わたしが投資しようと切望しているものを見よ。注意深く見守れ。あまり急速に動いてはならない。』」

次に主は、7日以内に管理と投資のパターンを教えはじめられると言われました。主は言われました。「あなたがたが今までどうすれば繁栄できるかわからなかったところで繁栄する方法を聞き始めるであろう。この世の罠にはまってはいけない。わたしは今バビロンのシステムを立て直している。なぜならば、わたしがこの世のシステムを支配する王国を持っているからである。わたしが繁栄をもたらす風の音を聞きなさい。この世が自らの欲と恐れと制限によって耳がふさがれ聞くことができない時に、あなたはそれを聞くことができるからだ。」(終わり)


トップへ戻る
[PR]
by walkwithgod | 2008-11-11 12:24 | アメリカからのメッセージ

ジュディス・グルーバー夫人への祈りのお願い 11月6日

ジュデイス夫人に関するその後の報告

10月14日に来日したヘンリー・グルーバー師は、11月17日までの日本滞在予定を中断し、10月30日アイオワの自宅で療養中の夫人からの緊急の要請により急いで帰国されました。それはジュディス夫人の容態が悪化したからでした。
 
 夫人は今自宅療養中ですが、必要に応じて医師の診療を受けております。当面の問題は肺にたまった液体により肺の半分から2/3がふさがっており、数歩歩くと息が切れる状態であることです。前にしていた注射針でこの液を抜くことを医師は最良の方法と認めず、むしろ薬寮で放出する方法を取っており、少し良くなったと言っています。しかし、問題はむしろ心臓にあり、4箇所クワドルプル・バイパスの手術を早急にする必要があると医師から強く勧められております。そこで夫妻と五人の子供が集まって家族会議を開いた結果、夫人はやはり手術をしないで、信仰で神の癒しを期待する道を選びました。

 そして、明後日から約2週間夫人はヘンリー師と共にミニストリー旅行に出ることになりました。それは家にいるよりも、夫と共にいて、夫の集会に出ることによって主の臨在の中に入る方がより好ましいとの判断からでした。旅行は大型のバンですから、いつでも横になれます。どうぞ引き続きお祈りいただけますようお願いいたします。

 それに併せ、グルーバー夫妻の娘さんのベッキーが子宮ガンであることが(早期)発見され、11月24日に手術を受けることになりましたので、ベッキーさんのためにもお祈り下さい。以上よろしくお願い申し上げます。 坂 達也


トップへ戻る
 
[PR]
by walkwithgod | 2008-11-06 09:14 | 坂達也からの今月のメッセージ

神は花嫁の中に宿られた ポール&ワンダ・デイビス 08年11月3日

神は花嫁の中に宿られた(Tabaernacled)

ポール&ワンダ・デイビス 


はじめに

この文は、最近では最も重要なときの一つに出されるものだと思います。9月29日の日暮れから、ユダヤ暦の新年であるロシュ・ハシャナに入り、次に贖罪の日と仮庵の祭りが続きます。旧約聖書に書かれているこれらの祭りは、肉のイスラエルによって行われたものですが、その預言的重要性は今の世代にとっても変わりはありません。

歴史的に見て、重要な啓示や洞察は聖書的に聖なる日と関連して私たちに与えられてきました。私たちはもはや律法の下にいないことは明らかですが、これらの聖なる日を私たちは注意深く見守り、神の時とシーズンがどのように展開するかを見る必要があります。次のシーズンは非常に物事が加速的に進み、実りの多いときであり、神の基準に合わせて自らを整えた者たちにとって恵みの時になることを私たちは信じています。

7年のサイクルが終わり、新しい7年のサイクルが始まろうとしています。次の7年の大部分は神の民の進み方いかんによって決められるのです。これは霊的にも政治的にも経済的にもそうです。私たちが破れ口に立って祈り、賛美し、預言的宣言をして義しく神の権威を実行するならば、聖霊が明確に働いてくださり、生活のすべての領域において道を備えてくださるのを私たちは見るでしょう。

私たちはニュースや世界情勢によって心を悩まされるべきではありません。私たちはそれよりも優れた揺るがされることのない御国の国民なのです。私たちがするべきことは次のことです。
イザヤ60:1-2 聖書箇所

神は神の民の中に宿られた(Tabernacled)

教会を歴史的観点から見て、現在、キリストの身体全体で起こっていることを一言で表せば、トランジション(過渡期、推移)でしょう。私は拙著「Angels That Gather」 の中でこのことを詳しく取り上げています。

時が経てば、今のシフトやキリストの花嫁がどのようにすればよいかということが、もっと鮮明に理解できるようになると思います。勿論私たちはこの数年に与えられてきた霊的傾注アウトポアリングの現れを喜ぶものです。しかし、これらの「リバイバル」は、今の時代に主から約束されているものの成就ではなく、又、私たちのミニストリーが勝ち取ろうとしてきたものでもありませんでした。

天の花婿と地上の花嫁の目に見えない結合を心から求める、勝利する世代の霊的DNAの中には、何かユニークなものが織り込まれています。彼らの求める「リバイバル」は、いままでに教会の歴史の中で起こったものとは違う特質キャラクターを備えているでしょう。その特質とは、もっと顕著な力と権威が現れるために道を備える情熱と純粋さです。それは即ち、主ご自身が主の民の中に完全に宿られることです。

このトランジションは、イスラエル国にとっては歴史的に重要なときであり、彼らがアブラハム、イサク、ヤコブの神を礼拝するとコミットするときとなるので、容易に判別できます。仮庵の祭り(収穫祭)は7ヶ月目の最後の祭りであり、今の時を象徴しています。

農作物の収穫を中心とした収穫の一年のサイクルが終わるとき、イスラエル人は喜びと祝いの時をもちました。主からの指示に従って、彼らは自分の住まいを離れて仮小屋を作り、そこに住みました。それは、主が千年王国に永続的に住まわれる前に、主の民の中に短い期間主ご自身が住まわれることの預言的型でした。「小屋」"booths"は約束の地に着くまでに彼らが住んだ仮住まいの象徴でした。

1994年に私が長期の断食をしたとき、主は仮庵の祭りの重要性について詳しく教えてくださいました。それから14年経過しましたが、そのとき語られたことの多くが成就されようとしているのを私は今見ています。

年に三回
イスラエル人は年に三回エルサレムに上り、主の祭りを行うことが決められていました。過ぎ越しの祭り、ペンテコステ、仮庵の祭りはそれぞれ収穫のサイクルに合わせられていました。これらの祭りには多くの預言的な意味があり、それは現在の私たちが歴史上どのような位置にいるのかを把握し、神の民は今何をすればよいのかを知る手掛かりとなります。

出エジプト23:16-17聖書箇所
第一の月の祭り・・・・過ぎ越し
1.過ぎ越しの祭り
2.種なしパンの祭り
3.初穂の祭り

第三の月の祭り・・・・ペンテコステ
1.七週の祭り
第七の月の祭り・・・・仮庵
1.ラッパの祭り
2.贖罪の日
3.仮庵の祭り
血の注ぎ
1.過ぎ越しには血は扉に振りかけられる
2.ペンテコステには血は人々と契約の書に振りかけられる
3.仮庵には血はあがないの蓋に七度振りかけられる

霊のイスラエル

明らかに、主の教会は霊のイスラエルです。歴史上でイスラエルに起こったことは、教会時代に何が起こるかを示す型であり影です。まず肉のものが来て次に霊のものが来るのです。パウロはこのことを非常にはっきりと述べています。
第一コリント10:11 聖書箇所
第一コリント15:46 聖書箇所


三つの祭りは、一つ一つ神の民の中に、又神の民を通して、実際に現れなければなりません。そのうち二つの祭りがキリストと教会のうちにすでに歴史上で成就されたという証しは、新約聖書に沢山書かれています。私たちは今、主の再臨を迎える最後の祭りが成就される瀬戸際に立っているのです。それは第七の月の祭り、即ち収穫際であり、仮庵の祭りです。

終末の収穫

私たちは今、最後の収穫のときに生きています。イエスはこの時代の終わりには収穫があり、そのとき主は「収穫の御使い」を主の王国から遣わすといわれました。彼らはつまずきを与えるものや不法なものをすべて集め、正しい者たちが天の父の御国で太陽のように輝くようにするのです。(マタイ13:41、43) これは神の娘、息子たちの現われであり、教会史上いまだなかった力と栄光を現す者たちです。

それは主イエスが花嫁の中に宿られて(tabernacled)神の御国と神の御性質を現されることを意味します。終わりの日にはますます真理と栄光が大きくなります。私たちは、主の完全な顕れと、十字架の御業の故に主が私たちを通して大きな業をされるのを見るというご褒美に対して、希望と期待を据えたのです。

仮庵の祭りは安息の祭りとしても知られています。これはヘブル書で言われている約束された安息です。
ヘブル4:9-11聖書箇所

旧約の預言者たちには聖霊の油はある一時注がれましたが、神の命令が達成されるとそれは取り去られました。しかし、主イエスのミニストリーにおいては、神の御子の中に聖霊は留まり宿られました。聖書には、天が開け聖霊が鳩のように降られて留まったとはっきり書かれています。これは私たちへの約束でもあります。主が遣わされたように私たちも遣わされるのです!

イエスに会う望み

ヨハネ12:20-24には、今日のために興味深い話が交わされています。二人の弟子が、数人のギリシャ人が「イエスにお目にかかりたいのですが。」と願っていると主に告げました。それに対する主の応答は、その言葉の非常に深い預言的意味を現代の視点から読みとるのでなければ、とても奇妙に聞こえます。主はこう言われました。
「聖書箇所」

主ご自身が地に落ちた一粒の麦でした。その種は二千年間の成長、剪定、成熟を経て終末のときを迎え、累乗的に増えた元の粒と全く同質のおびただしい数の麦の粒が収穫され集められることになるのです。これが創世記1:11-12の言っていることです。即ち、種はその種類にしたがって実を結ぶのです。今の終末の時代の世代は「私たちはイエスを見たいのです。」と言っています。それは地に落ちた元の種のような種である主の花嫁の中に起こるべきことなのです。

マタイ13章で主は、世の終わりには刈り入れがあり、地に蒔かれた麦は「御国の息子たち」であると預言されました。これは主の御霊が花嫁の中に完全に現れ宿るときに初めて実現されるのであり、そのときに花嫁は「もっと偉大な業」をします。そのとき今の世代は現実に手で触れられるような形で「イエスを見る」ことができるでしょう。これによって使徒パウロがローマ11章で約束している異邦人の完成がもたらされるでしょう。

種なしパン

主が私たちの中に安息されるときに、私たちも感情的霊的に私たちを疲弊させる労働から開放され、約束されている安息を見出すことができます。このようなシーズンに私たちは最も実を結ぶことができるのです。パン種を用いることができるのはペンテコステの祭りだけです。パン種は偽の教え、宗教的なこと、混ざりものなどの象徴です。主は「わたしが混ざりものの無い者たちを見つけたら、私の霊を無限に与える。」とかつて言われました。このような者になることが私たちの今、差し迫った課題です。

仮庵の祭りにはラッパの祭りが入っていますが、これは聖なる会合の召集と、聖化と清めをはじめる預言的な形です。贖罪の日と刈り入れは、再臨の前に主が地上でされる最後の仕事を預言的に示すものです。

主の再臨の前の最後の魂の収穫はそのとき促進されます。聖徒を主のもとに招集することと、血による罪の贖いの力による教会の完成のための動きが始まります。即ち、私たちは救いの意味と主の贖いの力を完全に知る必要があります。それはパウロが「平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。」(第一テサロニケ5:23)と言っている通りです。

第七の月の祭りは満ち満ちて、主の日の第七日目まであふれ、重なっていきます。それは御国の時代であり、それは千年間のすばらしいときとなります。

真理によって聖別される

過ぎ越しの祭りやペンテコステではされないことですが、仮庵の祭りのときにはみ言葉が開かれ、朗読され、人々に説き明かされました。これは御国の奥義が明らかにされ、洞察と説明を与えて私たちが「大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。」(ダニエル12:3)ことを表しています。

ダニエルの預言は明らかに歴史上の今のシーズンをさしています。今までは主の命令によって封じられていた本が、大勢のものがあちこちに行き、知識が増し加わる今の終わりの時代に、主の花嫁の集団によって開かれ熱心に読まれているのです。黙示録10:11に書かれている預言的指令を成就するのはこのときであり、すでに開かれている本を主の手から受け取り、熱心に読み、「もろもろの民族、国民、国語、王たちについて預言しなければならない」のです。

過ぎ越しの祭りとペンテコステにおいて霊的真理が明らかにされました。しかし仮庵の祭りでは、完全で欠けるところのない真理がキリストの花嫁に与えられ、彼女を諸国に明るく輝く光とするのです。これが花嫁を究極的に主のために整え、「みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、聖く傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。」(エペソ5:26-27)(終わり)


トップへ戻る
[PR]
by walkwithgod | 2008-11-03 20:15 | アメリカからのメッセージ