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天からの新しいサウンド(音) ダグ•アディソン 9月24日

天からの新しいサウンド(音)

ダグ•アディソン 


「新しいサウンド(音、音響)が天からすでに解き放たれている」と神が何度も言われるのが私に聞こえます。新しいサウンドが来るという預言はこれまでにも語られており、多くのミュージシャンやワーシップリーダーがそれはどんな音であるかを模索しています。まだどこの教会でも天からの新しい音を聞いたことはありませんが、私の霊の中でそれはいつも響いているのです。

音楽はすべてのもののペースをセットします。神は今地上で新しいことをされているのですが、それもやはり音楽を通して流れ出るのが適切であるのです。油注がれた音楽は私たち個人個人に対しても、又教会や地域、世代に対しても神のみこころやご計画を伝達することができます。ワーシップ音楽は、ただ単に神の御ことばを聞く前に私たちの心を整えるための歌だけを指すのではありません。(それも確かに大事な役目ではありますが。)ワーシップとは聖霊が ご自分の道やもっと高い目的に私たちを導かれるために叫ばれる叫びCRYなのです。

新しいサウンドは私たちを旋風(嵐)のように捕らえることでしょう。そしてそれは今の私たちのワーシップとは全く異なるものでしょう。私たちの多くが以前神を経験しましたが、まだそのようには神を経験していない今の若い世代の耳を新しい音(楽)は捕らえ彼らに神を経験させることでしょう。預言的音楽、過激的なダンス、新しい歌やアートなどが新しい音の主な要素major keysとなり、ついには教会史の中で最も偉大なリバイバルの一つを迎え入れることになるでしょう。過去の神のムーブメント の場合と同じように、新しい音を教会全員が受け入れるとか神からのものであると認めることは、残念ながら起こらないでしょう。 

轟々と音を立てて流れる川とか雷がとどろくような音が天から聞こえてきました。私が聞いた天からの音は、ちょうどハープ奏者が奏でるハープの音のようでした。天の御座とその周りを囲む四つの生き物と長老たちの前で新しい歌が歌われました。その歌は地上から贖われた144,000人にしか分からない歌(黙示録14:2-3)でした。

過去に起こった最後の新しいサウンドから学べ

1960年代に英国からの新しいサウンドがアメリカや世界に旋風を巻き起こしました。ビートルズが現れ、リズム&ブルースのエッセンスに早いビートを加えて楽しくわくわくさせるフィーリングを与えました。その歌詞は当時の若い世代に力を与えました。それだけではなく、彼らの音楽には「油注がれている」と言ってもいいくらいの何か特別なものがあったのです。ジェイムス•ライルは彼の著書“Sons of Thunder”の中で、ビートルズは神からの召しがあったにも拘わらず状況や間違った選択をしたために、自分たちに与えられていた神の御国のより偉大な ディスティニーを見つけ出すことが出来なかったのだと神から示されたことを述べています。その結果、彼らの賜物と音楽はアメリカ史上最も大きな中東の宗教のムーブメントを迎えるのに用いられてしまったのでした。神が彼らに新しい音と音楽の息吹を与えたにも拘わらず、敵がそれを歪めてしまったのです。

私はよく考えるのですが、今までに新しいサウンドの到来を預言的に認識した人があったでしょうか? いたとすれば、その人はビートルズが御国の賜物と召しを見いだすのをもしかして助けられたのではないでしょうか? 1960年代初めに天からの新しい音がドイツのハンブルグやイギリスのリバプールの居酒屋ですでに起こっていたことをもし教会が知っていたならば、人々はそのことを信じ受け入れたでしょうか?

私は預言的に宣言しますが、現在すでにこの地上に新しいサウンドが来ています。ビートルズが一つの世代を神から引き離してしまったと同じように、この新しい天からのサウンドは今の若い世代を大勢神へと引き寄せるのです。今度は敵に奪われることはないでしょう。

ロックンロールは年配の人たちには好まれませんでした。教会は、それを若い世代に福音を伝えようとする神の御心から出たものであるとして喜んで受け入れる代わりに、それを押しとどめようとしました。その結果敵が偽物を作り、ロックは堕落し濫用されました。ジーザス•ピープル•ムーブメントが起こったとき初めてロックが教会の中で使われるのが許されたのです。しかしそれは十年遅すぎたのでした。

1980年代の初めに、ヴィンヤード•チャーチの創始者であるジョン•ウィンバーは「ガレージ•バンド」が教会のワーシップをリードしている幻を見ました。ガレージ•バンドとは世には知られていない才能あるミュージシャンのバンドのことです。そして確かに現代のワーシップチームは昔ガレージ•バンドと呼ばれていたものと同類です。興味深いことに、ジョン•ウィンバー自身も、キリストに一生を捧げる前はRighteous Brothersというバンドのメンバーでした。

トーチを掲げるものの台頭

2009年7月16日に私は夢を見たのですが、夢というよりは霊的体験と言った方がいいでしょう。それは私がカリフォルニア州のベイカーズフィールドにミニストリーに出かける前の夜だったのですが、自分が出席しようとしていた集会へ私は霊で連れていかれました。その体験の中で、私は黒い手の平でつかめるような電気製品を組み立てるようにと言われました。それ電気のトーチのようでしたが電流を必要としないものでした。それは聖霊からエネルギーを受けて、全く新しいレベルでミニストリーをするために用いられるものでした。

トーチにハンドルをとり付けると、 それは地上で聞いたことのないサウンドを霊の中に(あるいは霊のサウンドを)創りだしました。それは電子のピッチelectronic pitchを持ち、いつまでも(永遠に)鳴り響いていました。そのサウンドは本当に変っていたので多くのクリスチャンは腹を立て、その新しい音を聞きたくない大勢の人から私は攻撃を受けました。次の日、夢ではなく現実で私はカンファレンス場に着いたのですが、そこは初めての場所だったにも拘わらず私が霊的体験で見たのと全く同じビルディングでした。

神が新しいサウンドと新しい油注ぎを解き放たれていること、そしてそれは非常に過激的であるので、クリスチャンの多くがそれを退けてしまうということを私は知っていました。このトーチとサウンドは、新しい世代がそれを掲げて かつてなかったような神の超自然的な栄光の新しいレベルへと走っていくためにとっておかれたものなのです。私がこの夢(体験)をしたのと丁度同じ週末に、ベイカーズフィールドで一番大きな油田が発見されたのは興味深いことです。霊的に新しく非常に大きなものを私たちが今まさに発見しようとしていることを、私たちに確認させるために神はこの油田の発見を起こされ用いられたのです。

ナッシュビルからのサウンド(音楽)を過激的に変えた1970年代のカントリー•ミュージックの革命的な「アウトロー」 ムーブメントにおいても、ベイカーズフィールドが重要な役割を果たしたことも又意義深いことです。神はベイカーズフィールドのように無名で小さな町を用いたいと思っておられるのです。それらの町は変革する備えが出来ていて、神の栄光をもたらすために自分の箱から出ることをいとわないからです。

数日後に私はカリフォルニア州のサンタマリアの家に戻り、私が経験したことを妻に話しながら街を車で走っていました。信号で止まったとき、二人のティーンエイジャーが喜びの叫びをあげながらトーチをもって走ってきました。それは丁度オリンピックのトーチのようで、本当に火が燃えていて現実に私たちの目前で起こっていることでした。その時神が私に語られました。「今は『トーチを掲げて走るもの』を解き放つ時であり、彼らは神の光と愛を今までなかったほどに世界にもたらすものだ。」と。

ラジオの音楽

1990年代の終わり頃、私たち夫婦はオハイオ州のケント州立大学の近くで最初の教会を始めました。神がこの町に「ラジオの音楽」"sounds of the radio"(ラジオから流れている音楽)で福音を伝えるようにと私に語られました。そこで様々なジャンルの音楽を試したのですが、16歳のワーシップチームのメンバーがヴィンヤードのワーシップの歌詞を、ブリンク182や、メタリカ、リットというロックバンドによって流行っていたいくつかの曲につけたものを持ってきました。その成果は驚くべきものでした! 今まで私たちが慣れ親しんだのとは違うスタイルでワーシップすると、若者たちを神に結びつかせることができたのです。それはチャールス•ウェスレイ、マルティン•ルター、ウィリアム•ブースというようなリバイバリストが、賛美歌の歌詞をその頃酒場で流行っていた曲につけて人々にイエスを伝えたのと似ていました。

それから何年も経ちましたが、私は今カンファレンスの講師や伝道者として働いています。2年前に神は私に、ラジオから流れる歌をあがなって、それらの歌を用いてワーシップする方法を人々に示すようにと言われました。私はいろいろな教会で私のiPodをサウンドシステムにつなぎ、私の言わんとするポイントを示すために話の途中で音楽を流すことを始めました。私は「I Can See Clearly Now」とか「 Don’t Worry, Be Happy」というような歌の一部を聞かせたのです。私は特にトム• ペティーの「I Won‘t Back Down 」はすばらしいワーシップ・ソングであると思っています。

教会の礼拝を終えて外に出ても、こういう歌が聞こえて来たらすぐに神を賛美してどのような場所や状況にも神の油注ぎをもたらすことができるようになります。教会の音楽やワーシップチームを持つことは良いことだと思いますが、それと共に、自分たちの箱の外に出て、神が私たちやまだ神を知らない人々のために用意しておられるもっと多くのものを発見しようと努めています。

新しい音楽を歓迎する

私が聞いた天からの新しいサウンドは電子音楽でしたが、それは私たちがいつも聞くelectronic musicとは違っていました。それは丁度1940年代のビッグバンド•ミュージックから50年代のロックンロールへの大きな転換を思いおこさせるほどのものでした。古い世代の人たちは新しいロックミュージックを好みませんでしたが、やがて遂にはロックが勝ちを得ました。それから50年が過ぎた今、再び変換が起こっていてロックはテクノ technoに座を譲ろうとしています。前の世代がしたと同じように、年寄りは古いものにしがみついて新しい音と戦おうとするでしょう。

私は本当はロックが好きなのですが、娘の世代が新しい音楽を喜んでいることの価値も認めていますので、それを受け入れようと努力しています。私は50歳ですが、「ワーシップ ミックス」を創り、新しいハンドヘルド•テクノロジーを使ってDJをすることを学んでいます。面白いことに、新しいテクノロジーは黒くて小さい手に持てるサイズのもので電子音楽を創りだすことが出来ます。これは私が夢で見た天からの音を解き放つ器具そのものでした。

この新しい音はすでに地上にあるのです!クリスチャンや教会がこの神の新しい動きを以前のように拒絶しないで受け入れるならば、素晴らしい可能性が生まれることを想像してみてください。聖霊が今語られ、しておられることを「聞く耳」を神が私たちに与えてくださることを祈っています。

神よ、教会史上最大のリバイバルのためにあなたのパートナーとして働けるように助けてください!(終わり)

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by walkwithgod | 2009-09-24 09:07 | アメリカからのメッセージ

アメリカを憂う(2)   坂 達也   2009年9月22日

アメリカを憂う(2)

                                          坂 達也 


 今年になって、それも特に最近私は、今アメリカに起こりつつあることがあまりにも重要かつショッキングであるために、ニュースを聞くたびに直ぐにも日本の皆さんに伝えなければいけないと言う衝動に駆られて来ました。(そしてその都度ぐっと抑えて来たのですが)なぜなら、それをしていると、あたかも私が政治・経済評論家にでもなってしまって霊的メッセージを二の次にしていると誤解される恐れを持ったからです。実はそれ程、最近のアメリカの政治・経済と言うより、もっと根本的にアメリカの民主主義国家、ひいてはクリスチャン国家としての国の土台そのものが激しく揺さぶられております。 

 チャック・ピアース師は8月22日に当HPに掲載したメッセージで「経済的シフトが8月の終わりまでに起こるのに気をつけていてください。8月24日から10月17日の間に、金融システムに大いなる変化があるでしょう。銀行のシステムの変化はまだ全部完了していないことに注意してください。これから構造的なシフトが加速度を増して起こります。政府機関は人々の見ている前で再編成されて行きます。」と言いました。
 ここでご注目いただきたいのは彼が「政府機関は人々の見ている前で再編成されて行きます。」と云ったことです。この預言は今アメリカにおいて「まのあたりで」その通りのことが起こっています。

アメリカではこの春、昔起こった有名なボストン・ティー・パーティーに倣ってか、各地でティー・パーティーと称する主に国の税金政策への抗議集会が持たれました。その後夏に入り、オバマ大統領は千ページ以上と言う問題だらけの内容を持つヘルス・ケアー法案を突然提案しました。問題は、議員の誰にも法案をゆっくり読む暇すら与えないで8月の夏休み休暇前に上下院を通そうとした大統領の強引なやり方に保守派の国民が中心となって大反発が起きました。それによって休暇前の法案決議は阻止されたのですが、休暇に入った8月には各地でその地方の議員を呼び出し法案の内容を問いただす「タウンホール」集会が持たれ、これが国を挙げての大変な論争騒ぎを引き起こしました。

これに加熱された国民の政府と国会に対する不信の声は、Tea Party Expressと言う民衆の抗議集会に発展し、8月28日西海岸のサクラメント市を出発点に34都市、7千マイルにわたるバス・ツアーによる集会を終えて、9月12日には首都ワシントンに集結しました。これには全国から参加した少なくとも約7万の民衆(実際は何十万人とも言われ、官公庁からの公な数字は出されていない)がワシントン・モールを埋め尽くし平和裏で抗議集会が持たれたのです。(日本ではあまり取り上げられていなかったようですが?)

このアメリカに今起こっている民衆の「むしろ旗蜂起」は単に経済リセッションとか、失業者増加、急増する国の負債への不安、ヘルスケアだけの問題ではなく、あるいは、デモクラットとかリパブリカンと言う政党支持の問題でもなく、むしろ国全体の言論の自由が脅かされ、政府に権力を集中させようとしているオバマ政権の社会主義(マルキシズム・ファッシズムとさえ取沙汰されている)に移行するのではないかという恐れと反発に発展しつつあります。抗議集会に集まる民衆は政治集団というよりも「愛国者」の集まりと言うべき人たちで、アメリカ合衆国憲法を忘れるな!守れ!の声も多く聞かれました。

リック・ジョイナー師が「今、アメリカの将来が問われる国の生死の問題にまで立ち至っていることは疑う余地がない」と言っている通り、47年アメリカに住む私自身もこのような事態は未だかって経験したことがないことに驚愕しております。
私が知っている歴代の大統領は必ずしもクリスチャンとは言えないにしても、オバマ大統領のようにはっきり反クリスチャンの大統領はおりませんでした。そしてその違いがこれほど大きいとは思ってもみませんでした。しかしメディヤの大半は気がついていないようです。この「むしろ旗」現象は過去に起こったマッカーシーイズム、ジョンバーチ・ソサエティー、ケネディー大統領暗殺、ウオーターゲート事件、2001年のテロによるワールド・トレード・センター爆破事件等のパラノイド・ポリティック(偏執病的政治現象)の一つぐらいに扱っておりますが、いずれそんな問題ではなく、アメリカの命取りとなる可能性とその大きな危険性に気が付く時が来ると思います。あるいはその時は既に手遅れになっているかもしれないません。

さて、そこで本日ご紹介したいのは、「The CALL」を主催しているルー・インゲル師が9月20日に発した緊急の警告と祈りのお願いについてです。師は今「イスラムの大きな波が押寄せて来ている」ことを指摘し、アメリカの全クリスチャンが緊急に霊的戦いの準備に入ることを呼びかけました。それは数日後に迫っている9月25日にMuslim Day of Prayer in Washington DCと称して5万人のイスラム教徒がワシントン・モールに集結し、ホワイトハウスまで行進しようと言う歴史的企画をしているからです。彼らは「イスラム教徒はホワイトハウスに行進し、そこでアラーに祈り、ホワイト・ハウスがイスラム・ハウスになる勝利の宣言をする」と言っておりますから大変な事態になって来ました。

インゲル師は「これは単なる空な言葉ではない。それは闇の霊の敵が企てる目標と計画(の集中攻撃)を物語っており、今アメリカに大きなトラブルがもたらされつつある。」と言います。師は「第一、我々の大統領は、最近イスラムの聖なる断食祈祷の日Ramadanが来ることを称え、それにイスラム教徒が参加することを奨励した。一方この大統領は、春のアメリカの伝統的行事であるクリスチャン中心の「国民祈りの日」には何も言わず、完全に無視した。」と言います。通常「国民祈りの日」に大統領はワシントンDCに全国から主な人々を招待して自らの大きな祈祷集会を持って来ましたが、今年オバマ大統領はこれをしませんでした。


今アメリカは本当に急変しつつあります。数年前からアメリカに今後起こることへの預言を受けているジョン・ポール・ジャクソン師は、師の「パーフェクト・ストーム」と題するDVDメッセージの中で、

・オバマ大統領を暗殺する計画が立てられること、
・今後アメリカの学校ではクリスチャンの祈りは禁止されても回教徒の祈りは許される 
 時代が来ること、
・そして、イスラム教徒のアメリカ大統領が2024年までに実現する

と語っております。

このアメリカの現況を、多くのクリスチャンと共に、私は深刻に受け止めております。日本の皆様にとっても、このようなアメリカの事態は単に対岸の火事として済まされないと思いますので、ぜひ緊急にアメリカのためにお祈りいただきますよう、切にお願い申し上げる次第です。(終わり)


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by walkwithgod | 2009-09-22 10:07 | 坂達也からの今月のメッセージ

霊の武器のための銃弾の緊急招集 ビル ヨント 2009年9月13日

霊の武器のための銃弾の緊急招集

ビル ヨント 


これまで私たちは 様々な霊的武器を敵の攻撃に用いてきましたが、近頃私はそれに関して疑問を持ち始め、「主よ、私たちは適切な弾薬を用いているのでしょうか?」とお聞きするようになりました。武器に合っていない弾薬とは、自分が召されていない(もしくは、かつては召されていたが今はもう召されていない)ミニストリーの場所にしがみついていて、どうして自分の部隊は戦果をあげられないのだろうといぶかしく思っている人のようなものです。

より高い目的へ

時として神は私たちのミニストリーが人々から拒絶される(reject)ことを許され、それによって私たちが もっと高い主の目的にむかって飛び出せる(eject)ようにされるのです! 神は私たち(個人)が更に高くのぼるようにと常に計らってくださるのですが、必ずしも私たちのミニストリーが高くのぼるようにされるとは限りません。「拒絶される reject」という言葉は「捨てられる throw away」という意味です。「飛び出させる eject」という言葉は「勢いよく追い出す、強制的に追放する」という意味です。もしあなたのミニストリーが人々や状況によって拒絶されたと思うならば、それは、神の目から見れば、もっと高い召しに向かうために追い出されたのかもしれないのです。

最近のことですが、私はある牧師のために祈る機会がありました。彼は自分の進むべき方向に関して主からの言葉を求めていました。彼がおかれていた状況は何も聞きませんでしたが、それは私が主のみ心を正確に聞くためにはその方が良かったからです。祈っていると私はパンプ散弾銃Pump shotgunのヴィジョンを見ました。この型の銃は、パンプすると自動的に空の薬莢を吐き出し、次の弾丸を銃に詰めることが出来るのです。

この牧師のミニストリーは、本人の目から見ても、また多くの教会員の目から見ても、全く拒絶され捨てられた「空の薬莢」であると見えました。しかし、神の目には、彼のミニストリーは勢いよく放り出されて、それによって主がもっと素晴らしい方法で彼を用いられることが出来るようにされたのです。神は私たちがもっと高くのぼれるように常に計らって下さいますが、私たちのミニストリーに関してはそうとは限らないことを忘れないでください。

次に、主が牧師自身を銃に詰め彼がまだ行ったことの無いところ、使徒的な召し、に向けて発射しようとしておられるのが見えました。散弾銃の中には沢山のBB弾が入っていて広い範囲の的にあたるようにしてあるように、「ばらばらになっても増大するミニストリーもあるのだ!この牧師のミニストリーはこれから広がって行き、近くや遠くの多くの的に当たるであろう。」と主が語られました。

時として神は、私たちをもっと高い目的に用いるために,私たちの人生から現在のミニストリーを取り出してしまわねばならないのです 。現在、一見すると後退しているようなミニストリーが多くありますが、実のところそれらは違う方向に向かって前進しているのだと私は感じます! 私自身のミニストリーを始めとしていろいろなミニストリーでそれが起こっています。私が喜びを持ってしていたことが人々に受け入れないように見えたのですが、それは私のミニストリーのその部分を神が追い出されて"ejecting"、私がより素晴らしく用いられるようにしてくださったのです。私はそのミニストリーを非常に愛していたので、自分から 手放すことは決して出来なかったことでしょう。ですから神は他の人々を使って私にあきらめさせたのです! 

みんながあなたやあなたのミニストリーを拒絶しようとしている、という拒絶コンプレックスを持つのを私は勧めているわけではありません。あなたは正しいスピリットを持ち続け、神が人々の拒絶rejectionを用いてあなたを強く押し出すejectionまでは、反対する人々(あるいは反対されること)に忍耐せねばなりません。それが神の手によるものであり神のタイミングであるならば、あなたは今までの理解を遥かに超えた主の臨在と平安の「注入」"injection"を経験することでしょう。

あなたは銃弾

霊的な武器は何かと尋ね求めたときに、私はその銃弾を見つけたのでした。それは私たちです! 最近、栄光に満ちたワーシップをしている中で(にもかかわらず)、 敵を攻撃する武器の力が不足していることを感じ、それがなぜかを思い巡らしていました。すると主が「わたしの大砲にあなたを詰め込んでもいいか?」と言われているのを感じました。

これまで私たちは主の軍隊を立て上げるために、神にワーシップや祈りを捧げ、お金も出してきたように思えます。しかし、主は今、私たちが主の武器の銃弾になることを求めておられるのです。「この地上で敵を克服するためにわたしが持っているものはあなたたちだけなのだ!わたしを信頼しなさい、そしてわたしの武器にあなたを装填させなさい。」と主が言われているようです。主が必要とされるのは私たちが主に完全に服従し、主の霊的大砲や銃、戦艦に詰められ装備されることなのです。

主の銃弾になるという啓示は私を圧倒しました。弾丸は一度飛び出したら戻ってきません! 銃の中の弾は自分が撃たれた場所に戻ることはないことをよく知っているのです! 月日が経つうちに忘れてしまっていた大変重要な召しを私は思い出しました。それは神からの召しは引き返すことのない片道切符だということです。もしも引き返すことを少しでも考えるならば、私たちはきっと引き返してしまうでしょう。

神の召しを強く受けて世界の国々に宣教に出かけていった人々のことを以前読んだことがあるのですが、私はそれを思い出しました。神からの召しを真摯に受け取った人たちは、宣教地に向かう船に乗り込むときには自分の棺も一緒に積み込んだのです。彼らは自分がもう戻らないことを知っていました!もし戻ることを少しでも考えたならば、彼らは帰ってきていたことでしょう。彼らはイエスに従うことを選んだ日は、即自らに死ぬ日であることを知っていたのです。

「兄弟たちは、小羊の血と、自分たちのあかしの言葉のゆえに彼に打ち勝った。彼らは死に至るまでもいのちを惜しまなかった。」黙示録12:11

このように、主は私たちが 敵を攻撃するにあたって、片道切符しか持たないで主にどこまでも従って行くようにと召しておられます。霊の大砲、銃、戦艦が今、敵に狙いを定めて戦闘態勢に入りました。銃弾が今招集されつつあり、私たちが銃弾です!その召しに私たちは喜んで答えるでしょうか?(終わり)


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by walkwithgod | 2009-09-14 07:55 | アメリカからのメッセージ

まどろむ者よ、目を覚ませ! テレサ•フィリップス 2009年9月8日

まどろむ者よ、目を覚ませ!

テレサ•フィリップス
 


私はあるショッキングな夢を見ました。それは私をひざまずかせるのに十分でした、喜びで! その夢はこうです。私と主人が車をドライブして丘を下っていくと、私たちの横を数人の人たちが乗った車が走っていました。すると、その車がコントロールを失って橋のそばにあったコンクリートの柱にぶつかってしまったのです。彼らの車は大破しました。私たちの車もその衝撃を受け損傷を受けました。

私は直ぐに救急に電話してから、車の中の人を助けに向かいました。一人の子どもが血を流していたので、毛布でくるみ近くの病院に連れていきました。私はもう一度救急に電話をしてから、二人目の被害者を病院に運びました。病院にいるときにも又救急に電話しました。というのは、病院でも誰も私たちを助けにくる人がいなかったからです!

私は主人が意識を失っているのに気がつき、助けを呼びました!誰も助けに来てくれませんでした。私は接着テープがあるのを見つけて、腹部が大きく裂けている女性の手当をし始めました。彼女の傷口をテープでふさぎはじめたのですが、もう一度助けを呼びました、、、「イエス様」と私はささやいたのです。すると傷口からの出血が止まり彼女は身を起こしました。私はホッとしました。でもまだ誰も助けに来ません。主人が意識を取り戻したのがわかりました。子どもも目を開け息をしていることがわかりました。全員の出血はすべて止まっていました。私はもう一度救急に電話をしましたが誰も来ませんでした。

すると、私の前にカーキ色のズボンをはき、ぱりっとした白いシャツを着た男の人が立っていました。私が「ドクター、今までどこにいたんですか?」と聞くと、彼は「わたしはあなたのすることを見ていたのですよ。あなたは私がすることを許されていることよりもうまくやっていました。I was watching you … you did better than I was allowed to do.」と言いました。実のところ彼は患者を治療することを許されていない医者だったのです。病院の医療関係者たちが来てくれないので、夢の中の私は本当に腹を立てていました。

夢から覚めたとき、私の身体は震えていました。夢の意味が私にはわかっていました。何か劇的なことを神が考えておられることがわかったのです。私はもう一つの眠りから揺り起こされたのです。それは主が実にどのようなお方であるかを忘れている眠りです。今は多くの者がその眠りから目覚める時であり、私もその中の一人として入れられたいと思いました!

その時、私は主を、主の臨在を、私のまわりに感じ始めました。夢の中で私は主の名前を大声で叫びました。そうです、私は主の御名を用い、主はそれに答えてくださいました。夢の中でその結果を私は見ることができました! 私は目を覚ますときに、はっきりとそのことを意識していました。主の教会はものごとを変えることが出来る、又、変えていこうとしているのです。私は「私たちが変えるんだ!」と大声で叫びました。私たちが変えていくのであり、又、変えていかねばならないのです! シフトです!

夢の中の男性は実に私たちのよき医者である主イエスでした。主は手を出すことを許されていなかったのです。主が「わたしはある I AM」という方という明白な真理にも拘わらず、「I was」と言われたのです。聖霊が新しい啓示へと私たちを目覚めされておられることを私は知りました。私たちは「わたしはある」という方をその言葉通りに受け取っていいのであり、又、受け取らねばならないのです。


御言葉通りに主を受け取る

“モーセは神に申し上げた。「今、私はイスラエル人のところに行きます。私が彼らに『あなたがたの父祖の神が、私をあなたがたのもとに遣わされました。』と言えば、彼らは、『その名は何ですか。』と私に聞くでしょう。私は、何と答えたらよいのでしょうか。」神はモーセに仰せられた。「わたしは、『わたしはある。』という者である。」また仰せられた。「あなたはイスラエル人にこう告げなければならない。『わたしはあるという方が、私をあなたがたのところに遣わされた。』と。」” 出エジプト3:13—14

神は、モーセに導くようにと託した 民のために「わたしはある」を遣わされました。それは「わたしはある」という現在形の言葉でした。即ち、今あるもの、活動しているもの、生きているもの、動いているものです。神はご自身の一部を与えられたのです。歴史を変え、時の流れを変えることになった啓示的な一瞬を神はモーセに与えたのです。神はアブラハム、イサク、ヤコブと契約を結ばれましたが、モーセにはご自分の名前を与えられたのです! 神は変わることのない神であられるのです!

聖書によれば、神はモーセに「あなたをパロに対して神(即ち、わたし)とする。」と言われました。どうしてでしょうか? それは「わたしはある」という方があなたと共におられるからです。それは主との交わりであり、パワフルであり、啓示的です! モーセは神がご自分を顕されるのを見ました。今日、多くの者が自分のための燃える柴の前に立っています。何故でしょうか? それは今多くの者は、「わたしはある」という方に働いていただく必要を見るからです 。

まさに今この時 、私たちは神がここに確かにおられることを知っています。これは非常に重要です。神は「わたしはあなたを決して見放さず、あなたを見捨てない。」と言われるからです。

「主ご自身があなたの先に進まれる。主があなたと共におられる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。恐れてはならない。おののいてはならない。」申命記31:8

「見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」マタイ28:20b


「わたしはある」という方が与えられている

「見よ。わたしは、使いをあなたの前に遣わし、あなたを道で守らせ、わたしが備えた所にあなたを導いて行かせよう。あなたは、その者に心を留め、御声に聞き従いなさい。決して、その者にそむいてはならない。わたしの名がその者のうちにあるので、その者はあなたがたのそむきの罪を赦さないからである。」出エジプト23:20−21

「わたしはある」というお方は、天の聖なる都から遣わされた天使にご自身の名前を与えられたのです!ここに「イスラエルを守るために主から遣わされた天使のミニストリー」を私たちは見ることができます。「わたしはある」というお方がご自分の名前を分け与えられたのですが、それはどうしてでしょうか? それはご自分の民を守るためでした。しかし、それだけではありません。

“神はさらにモーセに仰せられた。「イスラエル人に言え。あなたがたの父祖の神、イサクの神、ヤコブの神、主が私をあなたがたのところに遣わされた、と言え。これが永遠にわたしの名、これが代々にわたってわたしの呼び名である。」”出エジプト3:15

代々にわたって、主なる神ご自身のパワフルな御名が私たちすべてに送られたのは、何をするためでしょうか? 神の御業を人々の中で告げ知らせるためです! 主の御名は私たちに与えられた最もパワフルなデモンストレーションです! 御名はパロの頭を下げさせます。膝をかがめさせます。癩病人を清め、病人をいやし、悪霊を追い出します。そして主の御名で願うものは何でも、主は与えてくださるのです!

主が言われます。「ああ、思い煩っている者よ、悪い知らせを聞く者よ、これに耳を傾けよ。ああ、わが子よ! 聞く耳のある者よ。

『わたしはある』が今あなたにあたえられる。『わたしはある』が今あなたに啓示される。あなたがたの中の『わたしは今ある』というお方の力と啓示をもって力ある業をするために出ていけ。病人をいやせ! 癩病人を清めよ! 悪霊を追い出せ! 心の傷ついた者をいやせ! 捕われ人を解放せよ! 『わたしはある』というお方があなたを遣わしたと彼らに告げよ! わたしはあなたがわたしの名を持つことを許す。わたしに御名を使いそれをデモンストレートする権利をあなた与える。そのことにあなたを召す!

まどろむ者たちよ、目を覚ませ! わたしが持つすべてのもの、わたしのすべてをあなたに与えよう、と『わたしはある』 は言う!」(終わり)

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by walkwithgod | 2009-09-08 12:11 | アメリカからのメッセージ

<b>ハワイの八月</b>   坂 柚実子   9月7日

ハワイの八月

常夏といわれるハワイですが、やはり一番暑いのは8月です。しかし今年は9月に入っても暑い日が続きます。日中外を歩くのは暑く陽に焼けるので、極力避けるようにしています。

さて、このひと月ほど、主人は床をカーペットから板張りに替えるのに忙しくしていました。これは2年前にこのマンションに越してからの念願でしたので、やっとやり終えて大満足です。
部屋の半分の家具を動かしてカーペットをはがしたところと、完成したところの写真です。

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さて、遅れております日本旅行の報告を続けたいと思います。

重点的にご報告させていただきますが、奈良地区では、郡山希望チャペル(村山直樹牧師)と奈良ニューホープチャペル(木谷直也牧師)を訪れました。
私たちは木谷先生のお宅に二泊させていただき、ご夫妻から楽しく霊的なお話を沢山聞かせていただきました。木谷先生は神様から賛美の歌を沢山与えられる方で、「タンバリンと踊りで」等は神学校時代に与えられた曲で、本人も知らないうちに日本中の教会で歌われていたそうです。

郡山希望チャペルでの集会には、奈良ニューホープチャペルと奈良ベタニヤ教会(山田静男牧師)の方々も参加しての合同集会でした。この3つの教会はいつも協力しあっているそうです。ワーシップチームも合同で、木谷夫人のピアノや村山先生のドラム(ハワイのニューホープのワーシップチームでドラムをたたいておられたそうです。)等々で、素晴らしい賛美を主に捧げることができました。直也先生のドラム
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翌日は奈良ニューホープチャペルでの集会でした。この教会では近頃賛美の時に踊ることを始めたそうで、 自由に主の前で踊る人が増えているそうです。そのために前に広くスペースがあけてあります。写真
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私たちも大いに踊ったので、踊っているところに写真は撮れませんでした。(笑)
主人はメッセージの後で40歳以下の人たちのためにお祈りをさせていただきました。

今年は例年秋に訪問する沖縄を6月に訪ねました。いつものように宮里サレム教会の島袋先生、伊覇先生、兼城兄弟が出迎えてくださいました。私たちはいつも沖縄ではサレム教会の一階に滞在させていただきますが、今回も日曜礼拝や6回の集会( 家庭集会、祈祷会、聖書研究会)の奉仕を通じて、教会の皆様と素晴らしい交わりをさせていただきました。

サレム教会の砂川兄弟は高校教諭をされていた方ですが、教会での様々な奉仕に励んでおられます。家庭集会のリーダ−をはじめとして、教会の書はすべて兄弟の作品ですし、毎週のお花も彼の創作です。庭の花をたくみに使って大胆な生け花をされます。私たちはそれを見せていただくのを毎年楽しみにしております。
生け花と習字の間の砂川兄弟の写真
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又、沖縄滞在中、いつものようにジョイチャペルで集会を持たせていただきました。

大城節子先生と宮平満副牧師です。宮平先生はオレゴン州のポートランド•バイブル•カレッジを今年卒業された方で、私たちがポートランドで親しくしていた英語学校のブショア先生ご夫妻の消息などお聞きすることができました。先生のこれからの主にある沖縄でのご活躍を期待いたします。二人の写真

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金武バプテスト教会(横田盛永牧師、聖子副牧師)での礼拝は、父の日スペシャルとして横田先生が三線(さんしん)で琉球賛美を弾いてくださり、みんなで歌いました。主人のメッセージも無事にすんで礼拝が終ったときに沖縄の踊りで勝利の喜びを表すカチャーシーをみんなで踊ることになり、三人のおばあさんに続いて沢山の人が前に出てそれぞれの振りで踊りました。教会 がずっと祈ってきたことに対する答えが与えられて、皆さんが 喜びに満たされ、踊りたいという気持ちで一杯になったそうです。主人も一緒に踊っています。
先生の三線とみんなが踊っているところの写真
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(続く)


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by walkwithgod | 2009-09-07 11:54 | 柚実子からのハワイ便り

勝利者となる霊 ポール•キース•デイビス  2009年9月1日

勝利者となる霊

ポール•キース•デイビス




この数週間、正しく2010年を迎えるためには、今年の後半が重要であることを主は強調されました。2009年の後半の六ヶ月に始めることが2010年に起こる多くのことを導き迎え入れることになるからです。

過去数年にわたって預言的に示されてきた真理を、私たちが本当に理解し実行することの大切さを御霊は繰り返し強調されました。御霊は新しい啓示を与えるかわりに、すでに私たちに与えられている預言的政策やアウトラインが実行され適用されるようにと、それらを改めて強調しておられるようです。自分が信じていることと実際にそれを実行して経験していることの間のギャップを縮める必要が私たちにはあるのです。

私は、現在の経済や霊的状況、アメリカの政治的チャレンジに関して主に訊ねましたが、どの質問に対しても「わたしの花嫁を整えなさい」という同じ答えを頂きました。もし花嫁が本当に主が召されているような花嫁になるならば、これらすべての状況に対して語っていく権威を委ねられるでしょう。そして霊的、経済的、政治的状態に影響力を及ぼし始めるでしょう。黙示録2:26—29には次のように宣言されています。

「勝利を得る者、また最後までわたしのわざを守る者には、諸国の民を支配する権威を与えよう。 彼は、鉄の杖をもって土の器を打ち砕くようにして彼らを治める。わたし自身が父から支配の権威を受けているのと同じである。 また、彼に明けの明星を与えよう。耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。」』

今私たちは霊的に成長し勝利者として人生を歩むようにと召されています。私は今まで「勝利者overcomer」に関する記事を多く書いてきましたが、今もう一度私たちがこの召しに応答することに関して書きたいと思います。勝利者には恩恵と祝福が主から与えられ、それこそが私たちに繁栄をもたらし、 時代の必要に応じる能力を得させる奥義なのです。 

歴史上重要な人物というものは、ユニークにそして必要に合うようにその時代に生まれ、よってその時代の必要と問題に答えることができるようにされました。今の時代の目的のために生まれた者たちが勝利者として今こそ台頭し、この時代にその権威を用いる時です。

勝利者となる霊

今日、私たちが実際にこの世で王としての神の権威を示すことによって、神の御国を具体的にデモンストレーションできるという聖書の約束を成就する恵みが私たちに与えられ、現に実行されていることは 大きな励ましです。神のブループリントや計画の中には、 意味深い預言的約束がはっきり示されています。そしてそれらは預言者や聖書によってすでに語られています。何世代にもわたって多くの預言者や予見者が啓示の賜物を用い、聖別された人々によって神が約束されたことが完全に実現する日が来ることを預言してきました。

2000年の教会時代を通して、「時代の霊」と個人的な困難に打ち勝ち、御国に入れられ大いなる霊的祝福を受けた人々に命令と約束が与えれてきました。「勝利を得る者」という人たちは、私たちの敵(彼はしばしば神の計画と目的に似せた偽物を使う)に完全に打ち勝つという特別のデスティニーを持つ人々に与えられる注目すべき(名誉な)称号です。

ですから、「勝利する」という非常に重要な課題は、人が思うほど簡単ではないのです。人には正しいと見える道が最後には破壊に至ることがあります。主がマタイ24章ではっきりと警告されているように、真実なものに非常に似ている一つの宗教が起こり、出来れば選民をも惑わそうとするのです。

サタンの5つ目の「I will」である「いと高き者のようになろう」(イザヤ14章参照)という間違った願望と関連している微妙な偽りから端を発している偽の油注ぎがあります。熱心に宗教的活動をすることとか表面的な形とか美しさを追うこと(それはサタン自身の間違った願望であり、又方法なのですが)が大事であると思わせることによって、神が御民に約束された神のいのちを盗み取ろうという試みなのです。

歴史的に見て教会時代に起こった多くのリバイバルとか御霊の傾注はいつもこのようでした。しかし、今や「勝利者」への報いは、神の御民の「子としての特権」を盗もうとする敵の試みをはっきり見破って、サタンとその偽りに完全に勝利した者たちに与えられる時がきました。

隠されているマナ

私が個人的に特に重要だと思ってきたことは、ペルガモの教会の「勝利者」に与えられ下記の約束です。

「耳のある者は御霊が諸教会に言われることを聞きなさい。わたしは勝利を得る者に隠れたマナを与える。また、彼に白い石を与える。その石には、それを受ける者のほかはだれも知らない、新しい名が書かれている。」』(黙示2:17)

新しい名前を受け隠された秘密を知ることは、何か興味をそそられ惹かれるもの があります。それらは賢者や知恵のある者には隠されていますが、主がヨハネ15:15で約束されているように、主の友には自由に与えられるものです。

聖書の中で 新しい名前が与えられた時は、その人の性質が変わり、その人に与えられた特別の任務のために天からの徳が分与されたことを表しています。それと同じように、「隠されているマナ」はこの特権にあずかりたいと熱心に願う人々を霊的に養うために、特別にとっておかれているのです。

勝利者としての資格

今の世代に明らかにされる大いなる啓示の一つに、「勝利を得る者」とされる資格があります。ペンテコステの日以来、教会時代の各時代に託された真理のメッセージがあります。それは真理の御霊がその時代のために与えられるいのちのパンであり、人々は喜んで受けとり経験を通して理解されるべきものでした。

マルチン•ルターの時代におけるその世代へのマナは、信仰義認のメッセージでした。当時民衆は救い主と親しい関係というのではなく宗教の組織に属さねばならないという義務を課せられていたので、彼らにとってこのメッセージは 今まで聞いたことのなかった新鮮な真理でした。

その時代に続いて、ジョン•ウエスレイやジョージ•ホワイトフィールドをはじめてとして多くの者たちから聖化のメッセージがあらわれてきました。それは教会が相続人として持つ霊的特権を発展的に回復して行くのを助けるもう一つのマナが天から与えられたのでした。20世紀初頭には、異言や霊の満たしという聖霊の賜物が伴うカリズマの回復が起こりました。

各世代にいのちのパンが与えられ、そのメッシージを受け取るためにその時代の宗教的組織に打ち勝った者たちへ励ましや報酬が与えられました。これらの励ましの言葉は使徒ヨハネが天的な経験を通してアジアの教会に宛てた7つの書簡に見ることができます。これらの7つの書簡は過去2000年間の教会の歴史の霊的状態を適切な矯正、励まし、訓戒をもって鮮明に描き出しています。

御国をリアルに表す

私たちは今、ラオデキヤの教会の時代から御国がこの世に現れる時代へと移行する時代に生きています。人々が天の御国の領域と深く交わり、それによって地上に御国を実現することができるように人々を整えるためのすばらしい真理が、この時代のマナとして与えられています。

聖書が民衆の手に渡らなかった暗黒時代にあってさえ、生ける御ことばなる方 が真に純粋な心と正しい動機で主を求めた者たちに御自身をあらわされました。多くの歴史的記述がこの事実を証明しています。

使徒パウロは彼の時代のためにいのちのパンを与えるメッセンジャーとしての大いなる特権を与えられました。彼のリーダーシップと犠牲に対する報酬として、彼はその時代の「勝利者」を清純な処女として主にささげるという栄誉を受けました。第二コリント11:2に書かれています。

「というのも、私は神の熱心をもって、熱心にあなたがたのことを思っているからです。私はあなたがたを、清純な処女として、ひとりの人の花嫁に定め、キリストにささげることにしたからです。」

各時代において神の民にマナを与える使命と任務を受けたメッセンジャーたちに、これと同じ特権が与えられるのです。神が油注がれた指導的立場にあるリーダーたちにとって、今の時代のクリスチャンたちを 主が婚約されている清純な処女として整えることは、非常に素晴らしい栄誉となることでしょう。

各時代においてメッセンジャーたちは、神からの指令と真理を自分の骨の中の火のように抱き、それをどうしても伝え示さねばならないという思いをもって遣わされてきます。彼らは主の御手にある星のように、天からの啓示を教会に与えるのです。主のご性質を持つ主に似た者となるように人々を整えるための天のマナが、かつて無かったほど多くのメッセンジャーによって与えられるという約束が今の時代には与えられています。7つの教会の時代に与えられた光が何倍にも明るくされるときなのです。イザヤ30:26の預言にあります。

「主がその民の傷を包み、その打たれた傷をいやされる日に、月の光は日の光のようになり、日の光は七倍になって、七つの日の光にようになる。」


アブラハムの忠実なしもべであったエリアザルは、これらの神のメッセンジャーを象徴していると言えるでしょう。彼は約束の相続人であるイサクのために清純な処女を得るためにメッセージと贈り物を携えて遣わされました。未来の花嫁はただの女性であってはならなかったのです。彼女はイサクの骨の骨、肉の肉となるために彼と同じ伝統と血統を持っていなければなりませんでした。

これは今も実行されねばならない完全なシナリオです。「エリアザルたち」が忠実で誠実なしもべ、神の奥義と力を持つ信頼できる管理者として現れ、輝く情熱のある花嫁を花婿なるキリストのために獲得するのです。彼らは真の「勝利者」として生き、聖書で約束されている恩恵を享受する人々なのです。(終わり)


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by walkwithgod | 2009-09-01 15:51 | アメリカからのメッセージ